COBRAさんがいいね!した日記/コメント page.2

COBRAさんがいいね!した日記/コメントの一覧です。

Steinfluss
Steinfluss日記
2026/06/21 12:09[web全体で公開]
😶 ミスタラのサポートマガジン#38が提供されたそうな
【Threshold】第38号が公開されました!
https://pandius.com/
第38号の内容
ミスタラの主要雑誌の第38号では、私たちのファンタジー世界のテクノマジックの過去と未来を掘り下げます!
そして、お読みになったとおり、一度ではなく二度です。このテーマに関する投稿が非常全て表示する【Threshold】第38号が公開されました!
https://pandius.com/
第38号の内容
ミスタラの主要雑誌の第38号では、私たちのファンタジー世界のテクノマジックの過去と未来を掘り下げます!
そして、お読みになったとおり、一度ではなく二度です。このテーマに関する投稿が非常に多かったため、パート2 (第39号) は7月に発行され、この夏はダブル号になります!
ドク・ネクロティックによるブラックムーアの奇妙な秘儀 アーヴィング
・ガルヴェスによるブラックムーアのオートマタに関する考察
キャブによるエンジニアクラス
ロジャー・E・ムーアによる
ランスペース ウィング・オブ・クートによるシルヴァン高地パート2 キャブ
によるシルリアとエントニド
ミスタラの未来パート5 シュトゥルム
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ダイアモンドの破産の影響でPaizoが12人を解雇
https://www.enworld.org/threads/paizo-laying-off-12-due-to-fallout-from-diamonds-bankruptcy.719446/
Paizoは、昨年のダイヤモンド・コミックスの破産による損失を受けて12人の従業員を解雇しています。Paizoは本日、ダイアモンドの破産をめぐる訴訟による損失を理由にウェブサイトに投稿したこのニュースを発表しました。Paizoは2025年に200万ドルの損失を出したと述べており、それが移転を余儀なくされたと述べています。ダイアモンドはパイゾの専属書店代理店であり、パイゾは昨年ダイアモンドが破産を宣言した際に追いついた複数のRPG企業の一つでした。JPモルガン・チェースは、ダイヤモンドが破産を宣言した後、現在保有しているすべての製品に留置権を主張しました。これには、ダイヤモンドが委託販売のために保有していたPaizoの株式も含まれていました。ダイアモンドはまた、パイゾの独占契約の終了に対して異議を申し立てました。これは、パイゾが新しい書店の流通業者に移行できていないことを意味します。

Paizoは現在、組合と連携してレイオフに取り組んでおり、影響を受けた従業員には退職金が提供されています。ボランティアが見つからなければ、Paizoは影響を受けた各部門で最も経験の浅い従業員を解雇します。

さらに、Paizoは10月から新しいパスファインダー・ソサエティおよびスターファインダー・ソサエティの提供を月に一度に減らします。組織的なプレイ用のFoundryのVTTモジュールも、Paizoが収益性向上の方法を見つけるまで一時停止されます。「これらの変更は撤退ではありません」とパイゾは言いました。「Paizoは組織的なプレイの力を強く信じており、これからもそうであり続けるが、ソサエティのシナリオに関する現行の出版モデルは機能していない。私たちはペースを落とし、苦戦しているプログラムによる財政的損失を食い止め、今後の進路を慎重に考える必要がある。」
いいね! 5
Steinfluss
Steinfluss日記
2026/08/01 20:14[web全体で公開]
😶  ツール紹介・ニュース)ファンタジー世界地図を無料で作れるWebツール「USOMAP」
へーすごーいと思ったので

ファンタジー世界地図を無料で作れるWebツール「USOMAP」
https://togetter.com/li/2727453
https://amix-design.com/asoboad/tools/d-usomap/
いいね! 8
Steinfluss
Steinfluss日記
2026/08/08 21:12[web全体で公開]
😶 ニュース)ダーク・サンは2027年に再リリースされる
https://www.enworld.org/threads/dark-sun-returns-in-2027-as-dungeons-dragons-first-mature-rated-setting.720056/
ダークサンはダンジョンズ&ドラゴンズのキャンペーン設定として復活し、ウィザ全て表示するhttps://www.enworld.org/threads/dark-sun-returns-in-2027-as-dungeons-dragons-first-mature-rated-setting.720056/
ダークサンはダンジョンズ&ドラゴンズのキャンペーン設定として復活し、ウィザーズ・オブ・ザ・コーストは世界の大人向けテーマから逃げません。ウィザーズはダークサンシリーズを2冊発売し、そのうちの1冊には新しいサイオンクラスが登場します。この2冊は18+指定で、奴隷制、ヌード、暴力の描写に関する内容警告が記載されています。Gen Conに先立って行われた記者会見で、ウィザーズの関係者は、同社の弁護士が追加の予防措置として書籍をシュリンク包装することを推奨したことを指摘しました。Gen Conでは、サイオンや戦士たちが敵を残酷に切り裂く残酷なトレーラーがファンに公開されました。

ダークサンは、魔法がアサスの世界を汚染しているポストアポカリプスの世界です。アサスの様々な都市国家は、世界の中で語られるさまざまな黙示録的な物語を表現します。この設定は1991年に初めて公開され、D&Dの第4版にも収録されました。

新しいダークサン製品は、2027年初頭に開催されるサバイバルシーズンの注目商品となります。新刊が2冊出版されます。Edge of OblivionはDark Sunの新しいキャンペーン設定ガイドであり、Blood and Power iはサイオンクラスを特徴とする新しいプレイヤー向けガイドです。また、ダークサンのアートワークをフィーチャーした限定版プレイヤーズハンドブックも発売されます。ウィザーズは合計で約500ページのコンテンツ公開を計画しています。
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追記 
https://www.enworld.org/threads/is-the-5-5e-dark-sun-going-to-remove-controversial-aspects-of-the-setting.720375/
2027年に発売予定の『ダークサン』は、ウィザーズ・オブ・ザ・コーストによって「大人向け」設定として宣伝されています。

同社は内容の関係から、本がシュリンク包装で提供されることも示唆しています。
TTRPGインサイダーとのGen Conインタビュー
によると、D&Dのエグゼクティブプロデューサーであるグレッグ・ビルスランドは、このコンテンツは感度の高い読者によってレビューされており、奴隷制のような要素に焦点を当てる必要はなく、重苦しく重苦しい雰囲気を演出する設定だと確認しました。彼はD&D Insiderに対し、「抑圧的な環境になるために奴隷制がある必要はない。他にも抑圧の形はある。」彼が挙げた例の一つがウルリックの街で、人々は軍に強制的に動員され、貧しい人々は自由をより良い生存の機会と引き換えにしている。
新バージョン
のダークサンには成熟したテーマが含まれ、ビルスランドは抑圧や暴君と戦う物語、癒しが少なく危険な傷といった生々しい要素について語りました。

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https://www.enworld.org/threads/dungeons-dragons-announces-third-party-partnerships-to-bring-official-support-to-popular-campaign-settings.720059/
ダンジョンズ&ドラゴンズは、人気キャンペーン設定に公式サポートを提供するため、サードパーティとの提携を発表しました

ダンジョンズ&ドラゴンズは、サードパーティパブリッシャーが毎年制作するアドベンチャー商品で様々なキャンペーン設定をサポートする計画を発表しました。レイヴンロフト、エベロン、そしてフォーゴトン・レルムズは、ウィザーズ・オブ・ザ・コーストと他のRPG出版社との提携により、毎年のアドベンチャーやアンソロジーが出版されます。この新しい取り組みの目標は、人気のあるキャンペーン設定に毎年「公式」製品を受け取り、D&Dのデザインチームが他の製品を自由に設計できるようにすることです。

WotCはD&Dユニバース・ビヨンドの件で忙しく、通常のD&Dのスケジュールを減らしたくなかったため、パートナーを迎え入れてその対応を任せました
いいね! 8
ミドリガニ
ミドリガニ日記
2026/08/09 08:27[web全体で公開]
😢 【雑記/徒然】突然の別れ【訃報/お魚】
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)母が大事にしていた金魚たちが、今朝見たら亡くなっていました。
恐らく昨日の猛暑で亡くなったのだと思います。
「ごめんね」と言いながらすすり泣く母を、「死んだのは母のせいではない」とわたしが言って慰めました。
金魚たちはもう10年以上居た気がしていましたが、写真のファイルを遡ってみると、実際は街のお祭りに行かなくなってから8年くらい。
親世代の金魚たち3匹が、子を残して亡くなってから、まだ4年程しか経って居なかったようです。
むくろは、わたしが回収しました。
彼らの冥福を祈ります。
いいね! 23
たこ
たこ日記
2026/08/09 20:33[web全体で公開]
😶 いいね、してますか?
興味のある日記には『いいね』するといいです
内容がネガティブなもの(風邪引いたとか)でも『いいね』でいいんですよ
「あなたの日記ちゃんと読んでますよ~」という風に伝わります
何も反応がないのが一番悲しい…

日記書いた人は誰が『いいね』してくれたか見てるものです(たぶん)
いつも『いいね』してくれる人はなんとなく覚えてます
そこから始まる縁もありますよ~

※誰がいいねしてくれたかは、自分の日記の『いいね』の数を押すと見れます
いいね! 56
たこ
たこ日記
2026/07/24 10:49[web全体で公開]
😶 スマホでTRPG
夏休みですね~
もう休みに入った人も、もうすぐ休みに入る人も、TRPGを始める人が増えそうですね

中には「パソコン持ってないんだけどできるのかなぁ」と思ってる人もいるのでは
結論から言うと、スマホでもTRPGできます!
私の周りでもスマホでオンラインセッションに参加している人が結構います全て表示する夏休みですね~
もう休みに入った人も、もうすぐ休みに入る人も、TRPGを始める人が増えそうですね

中には「パソコン持ってないんだけどできるのかなぁ」と思ってる人もいるのでは
結論から言うと、スマホでもTRPGできます!
私の周りでもスマホでオンラインセッションに参加している人が結構いますよ
『スマホ参加:できる』の卓も結構ありますしね

ただ入力速度が『パソコン使用並み』という話になりがちです
もし気になる人は一度卓を見学してみてはいかがでしょうか?
みんな入力速度がどれほどか確認できると思います

『見学:できる』の卓募集で「見学希望です」とコメントすれば見せてもらえると思いますよ~
いいね! 26
ポメきち
ポメきち日記
2026/07/07 21:47[web全体で公開]
😶 【D&D5版】ファンデルヴァーの失われた鉱山1章単発(DM開催/テキセ)
もうやらないつもりでいた単発卓ですが、コンコンさんのプレイグループから単発のご要望があったので突発で入れてみました。土日だけで準備して突貫の平日セッションにまた家族からの非難の声が、、、


【D&D5版】 【単発/テキスト】ファンデルヴァーの失われた鉱山(1章のみ短縮版)
(7/6 20:全て表示するもうやらないつもりでいた単発卓ですが、コンコンさんのプレイグループから単発のご要望があったので突発で入れてみました。土日だけで準備して突貫の平日セッションにまた家族からの非難の声が、、、


【D&D5版】 【単発/テキスト】ファンデルヴァーの失われた鉱山(1章のみ短縮版)
(7/6 20:00〜22:00/DM:ポメきち)
https://trpgsession.com/session/178291612205pome01

今回、私の方でお題のシナリオを選定。元々8月頭くらいから別の方向けに着手(シナリオを読んでいた)のを流用させて頂きました。

この「ファンデルヴァーの失われた鉱山」は、D&D5版が2014年に販売された当時のスターターキットだそうで、後継製品の「竜たちの島ストームレック」しか知らない私にとっては、前々から評判が良いシナリオなのでプレイヤーとして遊びたかったのですが、何ぶん絶版なのでプレイヤー参加は断念。

絶版といっても、キャンペーンシナリオ「砕けたオベリスク」の前半部として吸収された形なので、購入してDM準備中だったところに、第1章を短縮したトライアル版として卓を今回ご用意させていただきました。

肝心のセッション日、仕事が山積で帰宅が遅れ、開始時刻が30分遅延しました。(切腹)
残念ですが会社に勤めている限り平日のDMは無理です。プレイヤーも危うい。やはり私は土日専業にすべきでした。

肝心のセッションですが、ご参加プレイヤー様の一人が作成したキャラが走れメロスでして、謎のメロスロールプレイが終始炸裂して、ゴブリン達のキャラが無味無臭に感じました。ゴブリン達をもっとクドい味付けで参加者様に印象付けられるように、魅力的な台詞の準備をもっとしておかねばならないなと反省しました。(他の自卓でも最近忙しさにかまけて、モンスターの台詞の作りこみができていません)

また、よろしくお願いします。
いいね! 11
ササミ
ササミ日記
2026/06/20 21:50[web全体で公開]
😶 もっと気軽にセッション募集していいんだよ【GMのお話】
GMなんて、かるーくルールブック読んで、判定方法が分かれば大丈夫です。
心配だったら動画を1本見て、判定方法とゲームの流れをメモしておけばOK!!

あとは、遊んで楽しかったシナリオを用意して、他のセッション募集を参考にしながら【初心者GMです】って書いて卓募集で大丈夫です。

判定が分か全て表示するGMなんて、かるーくルールブック読んで、判定方法が分かれば大丈夫です。
心配だったら動画を1本見て、判定方法とゲームの流れをメモしておけばOK!!

あとは、遊んで楽しかったシナリオを用意して、他のセッション募集を参考にしながら【初心者GMです】って書いて卓募集で大丈夫です。

判定が分からなくなったら、PLと一緒にルールブックを確認して『今回はこの裁定で行きましょう』って言えばいいのです。
ゲーム中はGMの裁定が上位ルールです。ルールブックにも書いてあります。


GMって難しく考えると永遠に始められないですが、始めてみたら結構簡単です。
初クトゥルフがKPだった人間もココに居ますが、楽しく遊べていますwww


ルール理解よりも重要なことは【時間内に終わらせる努力】と【楽しく遊べる仲間】を見つけることができる〈運〉です!!
当たりが引けたら超ラッキー。当たりが引けなかったらまた募集して【最高の仲間】を見つけましょう。

あとは、良いGMのマスタリングをトレースするとか、色々テクニックはありますが、やってみたいと思ったらGMしてしまうのが一番です。


あ、ルールブックを持っていないでGMするのは『最低最悪の許されない行為』なので、必ずルールブックを買って、軽くでも良いから読んでから募集しようね。良い子のお約束だよ!!
いいね! 38
寿
寿日記
2026/06/19 23:23[web全体で公開]
🤔 TRPGとは何か?その5「本来のセッションとは何だったのか?」
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)※最初にお断り。

何度かお断りしているが改めて。私は何が正しいかを論じるつもりはない。
「本来」という言葉は「もともとはこうだった」という初期段階の意味で使っている。
本来の自動車、本来のカメラ、本来の携帯電話と同じく、全ての物に普通に存在する意味だ。
唯一正しい形や、あるべき姿を主張する意図はない。
日記の目的は、対立のためではなく理解のためだ。

100人いれば100通りの遊び方があるのは論じるまでもない当たり前の事だ。
結局のところ、今まで私が見聞してきた範囲で、遊び方の変遷を語っているに過ぎない。
100通りのうちの一つの考えだと受け止めて頂ければ幸いだ。

なお、分かりやすさを優先して極端な例を出す事があるが、あくまでも説明のための強調表現だ。

■ 本来のセッションとは?

以前の日記で、TRPGのGMは物語の演出家というより裁定者に近く、
世界を進行させる存在であり、ストーリーを構築する責任者ではないと書いた。
また、TRPGのゲーム性は、戦闘・探索・資源管理・危険回避といった攻略要素が中心と書いた。
今回は、もう少し広い範囲で本来のセッションとは何だったのかを深堀りしてみようと思う。

■ 本来のTRPGは「世界観から始まるゲーム」ではなかった

現代TRPGの多くは、ルールも整備され設定もきちんとしている。
全てにおいて製品としての完成度が高い。
当然、どんな世界なのかという世界観も最初に提示される事が多い。

国家があり、組織があり、設定があり、その中にPCが入る。

しかしクラシックと呼ばれる本来のTRPGは必ずしもそうではないものがあった。
D&DやT&Tのタイトルを見ても一目瞭然。
最初にあるのは「冒険」だ。もっと言うと「ダンジョン探索」である。

ダンジョンに入る→敵を倒す→宝を得る→生きて帰る

当然ながら、ダンジョン探索に国家の勢力図なんて必要ないので、
世界観は、その後ろにある補助的な説明であり、中心ではない。
世界観の比重がかなり低かったと思う。

これは日本のソードワールド無印なども同じだ。
むしろプレイの積み重ねによって、世界観が充実していったと言えると思う。

どこかの王国も、伝説も、魔法体系も、最初から整備されているものではなく、
プレイヤーの冒険の積み重ねで後付けされていく側面が強いようだ。

つまり本来のTRPGは、「世界を体験するゲーム」というより
「遊んだ結果として自分たちなりの世界が出来上がってくるゲーム」
という側面があったように思う。

初めから完成度が高いのもいいけれど、
自分が作品世界に介入できる余地があるというのは、大きな醍醐味だと思う。

■ 本来のPCは「物語の主人公」ではない!?

現代ではPCは物語の中心に置かれることが多い。
背景があり、動機があり、ドラマがあり、成長曲線がある。
PCは「物語のために守られる主人公」の立場であることが多くなっている。

しかし本来はちょっと違ったと思う。
あまり上手い表現が見つからないが、PCは物語の主役ではなく、
冒険の単位というようなものだった。

重要なのはPCの物語ではなく、ゲーム性の方だった。
生き残れるか?探索できるか?何を持ち帰るか?である。

そのため死亡や作り直しもシステム上は自然に発生する。
PCの連続性よりも、冒険の連続性の方が優先されていた様に思える。

とはいえ、まったくPCが立ってなかったわけではない。
継続すればキャラに愛着が出るのは当然の事だ。
そのプレイの積み重ねがあって、だんだんキャラが重視されるようになってきたのだろう。

近年は、~ドリブンという説明をされる。何を主軸にしているかという意味だ。
ストーリードリブンなら、ストーリー主軸。
シミュレーションドリブンならシミュレーション主軸だ。

この分類でいうと、
古典型の多くは、シミュレーションドリブンとゲームドリブンがメインが多かった。
そこから積み重ねがあって、徐々にキャラクタードリブン要素も強くなった。
現代型は、ストーリードリブン&キャラクタードリブンがメインとなっているものが多いようだ。

■ 本来のTRPGは「未完成性」を内包していた

さきほど現代のシステムは完成度が高いと記述した。
それに対して、古典型クラシックと呼ばれるものは、
完全な製品として設計されていない部分があった。

もちろん初期のものだから未成熟だったという点もあるだろう。
しかしそれが大きな魅力の一つでもあった。
ルールの隙間や曖昧さは欠陥というより、自由に運用できる遊びの余地だった。

曖昧な部分はGM裁定で、不足はハウスルールで、不明点は経験で補う。

つまりルールブックだけで完結している遊びではなかった。
完結していないという枠組みも含めて、楽しんでいた。
足りない部分は、話し合いと想像力で補っていた。

逆に現代型は、世界観からルールから非常に完成度が高い。
あまりに、かゆい所まで手が届きすぎて、議論の余地もなかったりする。
ひょっとすると、完成度と想像力は、ある種トレードオフなのかもしれない。

■ セッションは本来「仲間内文化」で成立していた

TRPGは元々、同じサークル、同じ友人関係、同じ卓経験者の中で遊ばれていた。

重要なのはルールブックではなく、コミュニティである。
つまり、ルルブやサプリよりも、仲間内でのコミュニケーションこそが重要だった。
ルールブックだけで初心者が独学することをあまり想定していなかったように思う。

昔のルールブックは資料であり、完全な説明書ではない。
先輩が後輩に教える、経験者が初心者を補う。そういう構造で成立していた。

昭和の子供のコミュニティに似ている。
ドラえもんの空き地を想像すれば分かり易いだろう。
小学生になって、地域のコミュニティに入る。空き地で一緒に遊ぶ新入りの仲間だ。
そこにはガキ大将のジャイアンがいて、面倒を見たりルールを教えたりする。

残念ながら現代ではその前提となるコミュニティがかなり少なくなってしまった。
そして現在はネット上の、オンライン環境のコミュニティが主流になった。

その結果として、
・初心者はルルブ単体で理解を求められる
・経験者が隣にいる前提がない
・用語や文化の共有が前提化されていない
という状況が生まれている。

現代では、その前提となる環境そのものが大きく変化した。
もし古典型システムが分かりにくく感じられるとしたら、それはルールが古いからではなく、
本来それを支えていた文化やコミュニティが失われたからなのかもしれない。

ルールそのものは単純だが、ルルブを読もうとすると、
・用語の位置が散らばっている
・重要情報が文中に埋まっている
・手順化されていない
正直、独学だと非常に読みづらく、全体像が見えにくい。
ルールは簡単なのにルルブは複雑怪奇というシステムも多かったようだ。
これは多分、遊び方が根本的に違うからだと思う。

本来のセッションは・・・
攻略型の遊び、未完成性を含む枠組み、仲間内で補完される文化、
プレイの積み重ねで成立する世界・・・として存在していた。

そして重要なのは、
それはルールブック単体では成立していなかったという点だ。

■ TRPGとは、本来コミュニケーションをするゲームである

これは今も普通に言われている事だ。多くのプレイヤーにとっては常識だと思う。
しかしこれも、実は、昔と現代では意味が変わっている気がする。

現代は、キャラになりきってやり取りする事を、
コミュニケーションの中心に据えている人が多いように思う。
だが本来は、セッションの中だけではなく、外のやり取りも含めた
コミュニケーション全てが中心だった。
「ルールのゲーム」ではなく「人間関係込みで成立する遊び」だったのかもしれない。

極論すると本来のセッションとは・・・
ゲームを楽しみながらも、気の合った仲間が集まってワイワイガヤガヤ交流を楽しむ事で、
ルールとかシステムとかは、その交流を彩るための道具・・・だったのかもしれない。

まるで料理を楽しむというのは建前で、
実は酒を飲むのが目的で、料理は酒の肴だ、みたいな感じだろうか?知らんけど。

書いていて思い出したが、ゴルゴ13の中にセッションの場面があった。

欧米の上流階級らしき人々がテーブルを囲み、
それぞれがEU各国の首脳役となって外交交渉を行うRPGセッションを遊んでいた。
現実にそういう遊びがどの程度あるのかは知らないが、印象に残っている。

なぜなら、そこで楽しまれていたのは、ルールやゲームそのものというより、
人と人とのやり取りだったからだ。
議論する。交渉する。駆け引きをする。相手の考えを読み、自分の考えを伝える。
そういうコミュニケーションそのものが、そっくりそのまま遊びになっている。

本来のセッションとは、そういう側面が強かったのではないだろうか。
ゲームを遊ぶために人が集まるのではなく、人と集まるためにゲームを遊ぶ。

少なくとも私が知る昔ながらのセッションには、そういう側面が強くあったように思う。
いいね! 11
らびおり(兎檻)
らびおり(兎檻)日記
2026/06/16 23:09[web全体で公開]
😆 【D&D5e】ドラゴンランス43【卓感想】
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)ラストバトル!
敵はグレーター・デス・ドラゴン、そして後からやってきたレッド・ドラゴンとカンサルディ。
どっちもブレス吐くっ!
けれども、戦場には遮蔽になるような巨石がごろごろと立っていたのです。
遮蔽を上手く使いながら、PCたちはドラゴンに立ち向かいます。

さらには今まで共に戦ってきたNPCたちが、次々に戦場に到着。
大乱闘(熱い展開)になるのでした!
(NPCコマも、PLが分担して動かします)

初手、デス・ドラゴンは死霊属性のブレスを吐いてきました。
範囲に入ったパープルワーム(味方)は敏捷力STが低く、出目20以外は命中してしまうのですが、ここで20!!
ファーーー!!

次手番の自PCはデス・ドラゴンをサイキックランスで無力状態にします。
ひとまず安全確保!
ドルバックはPC全員にブレス。イリゼの激励を受けたリルは、デス・ドラゴンにクリティカルで大打撃を与えました!

NPCズが乗っているドラゴン戦車は、カンサルディ+レッドドラゴンと相性最悪でしたが、デコイとしてうまく機能していました。
ブレイ(味方)が地中を移動し、カンサルディ組を狙います。

パープルワームはデス・ドラゴンの方に向かいますが、こちらも相性が悪い(毒は効かないし、刺突に抵抗があるしで)。

そんな皆の上に、等しく降り注ぐ瓦礫……(ラウンド末のイベント。敏捷力STで躱せる)
タライかな?

2ラウンド目、デス・ドラゴンは無力状態で手番なし。そこに、自PCは初めての6レベル呪文サンビームを撃ちこみ、盲目状態にしました。(アンデッドは抵抗不利!)
ドルバックのドラゴンランス攻撃ののち、イリゼの朦朧撃までもが決まり、ブロンズドラゴン(味方)の攻撃でトドメ。

リル&ダレットはドラゴネルに乗って、残るカンサルディに次々に攻撃。カンサルディの乗騎であるレッド・ドラゴンから強烈なブレスを浴びせかけられ、あわやダレットが倒れる……ところでしたが、リルがインスピを投げて、再セーヴに成功! いいコンビネーションです!

この直後、事件が起こりました。
ななな、なんと。パープルワームが…… カンサルディを丸呑みにしてしまいましたーー!!(爆笑)

これで戦闘終了かと思いましたが、DM曰く、終わりそうにないのでまた次回とのこと!
コマ数が増えたせいもあって、DMの予想時間を越えてしまったらしく、最終回予定が、最終回・前編に!(セッション大好きなので、回数増えるのは単純に嬉しい)

次こそ、ほんとにホントの最終回です! な、何が起きるのかな!?
いいね! 8
ササミ
ササミ日記
2026/06/13 17:33[web全体で公開]
😶 せっかく参加申請したんだから、シナリオに協力してよ…
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)キャラクターがひどい目に会いたくない・・・分かる

だから依頼人に協力しない・・・分からない

キャラクターが大切だからシナリオに関わりたくない・・・もうそれは違くない?

SAN値が減るから探索したくない・・・参加申請しないでくれよ!!


導入で1時間半もグダグダするので、久しぶりにセッション中に寝かけました…。
途中から寝落ちしないようにガンガン前に出て探索しましたが、イライラが隠しきれずに申し訳ないです。
該当者以外の同卓したPL・KPに嫌われただろうな~
いいね! 40
ぽん太@番頭
ぽん太@番頭日記
2026/06/14 01:03[web全体で公開]
😊 TRPGオンセン 10周年のごあいさつ
いつもTRPGオンセンをご利用いただき、誠にありがとうございます。
管理・開発を行っております、ぽん太@番頭です。

本日 2026年6月14日、TRPGオンセンは正式リリースからちょうど10年を迎えることができました。

思い返せば2016年3月、なかなかリアルで会えない友達とTRPGを全て表示するいつもTRPGオンセンをご利用いただき、誠にありがとうございます。
管理・開発を行っております、ぽん太@番頭です。

本日 2026年6月14日、TRPGオンセンは正式リリースからちょうど10年を迎えることができました。

思い返せば2016年3月、なかなかリアルで会えない友達とTRPGを遊びたい一心で「Session Place」という小さなαテスト版を立ち上げたのが始まりでした。「これ、他の人にも使ってもらえたら嬉しいな」と欲が出てSNS化し、同年6月14日に「TRPGオンラインセッションSNS」として正式リリース。あの日、初めて見ず知らずの方が登録してくださったときの嬉しさは、今でもはっきり覚えています。

そこから10年。本当にあっという間でした。

この10年の歩み
・2016年3月9日 αテスト版「Session Place」試験運用開始
・2016年4月25日 βテスト版「TRPGオンラインセッションプレース」試験運用開始
・2016年5月25日 γテスト版「TRPGオンラインセッションSNS」試験運用開始
・2016年6月14日 正式版「TRPGオンラインセッションSNS」リリース
・2016年6月20日 サーバ移設
・2018年5月2日 チャットルーム機能を分離、オープンソース「オンセンルーム」としてリリース
・2021年2月18日 TRPGオンセン サーバ移設
・2021年2月25日 オンセンルーム公式鯖 サーバ移設
・2025年6月9日 ドメインをtrpgsession.click→trpgsession.comへ変更

機能追加、改修、サーバ移設、不具合対応、ユーザーさんからのご報告対応……ひとつひとつを積み重ねてこられたのは、ひとえに利用してくださる皆さま、報告・要望・応援をくださる皆さまのおかげです。

感謝の気持ち
「ここで多くの人が楽しいTRPGライフを送れると幸いです」── 10年前にあいさつ文へ書いたこの言葉は、今もまったく変わっていない私の願いです。
日々セッションを立ち上げてくださる方、参加してくださる方、シナリオを公開してくださる方、Wikiやキャラクターシートを整備してくださる方、不具合をご報告くださる方、SNSで広めてくださる方、そしてただ静かに見守ってくださる方 ── すべての皆さまに、心から感謝申し上げます。

本当に、ありがとうございます。

これからのTRPGオンセン
TRPGオンセンは、これからも「手軽にブラウザ一つで日本中の人たちとTRPGを遊べる場所」であり続けるべく、引き続き改修・機能追加を進めてまいります。現在はスマホアプリ版 (Flutter) の開発も進めており、より多くの環境で快適に遊んでいただける形を目指しております。

10年という節目を迎えられたことに感謝しつつ、11年目もマイペースに、けれど着実に育てていければと思っております。

これからも TRPGオンセン と オンセンルーム を、どうぞよろしくお願いいたします。

2026年6月14日
TRPGオンラインセッションSNS 管理人
ぽん太@番頭
いいね! 103
パスタ
パスタ日記
2026/06/14 08:38[web全体で公開]
😶 「本来」の意味
コトバンク(https://kotobank.jp/word/%E6%9C%AC%E6%9D%A5-632630)では

ほん‐らい【本来】
(副詞的にも用いる)
1 もともとそうであること。元来。「本来の目的を考える」「人間は本来感情の動物だ」
2 それが当たり前であること。道理であるこ全て表示するコトバンク(https://kotobank.jp/word/%E6%9C%AC%E6%9D%A5-632630)では

ほん‐らい【本来】
(副詞的にも用いる)
1 もともとそうであること。元来。「本来の目的を考える」「人間は本来感情の動物だ」
2 それが当たり前であること。道理であること。

がん‐らい〔グワン‐〕【元来】
[副]
1 最初からそういう状態・性質であることを表す。もともと。「この時計は元来父の物だ」「元来は好き嫌いがない」
2 (接続詞的に用いて)物事を説き起こしたり、疑問を呈したりするときに、文頭に付ける語。「元来幸福とは何なのであろうか」

どうやら二つの意味があるようです。
「本来TRPGは○○だった」は本来1の時系列的な意味合いでの表現で、
「TRPGは本来○○のように規定されるものではない」は本来2の道理的な意味合いでの表現なのかもしれません。


つまり、今起こっている日記でのレスバはこのびみょーに異なる意味合いの取違いによるところが大きいのだと思います。


結論
にほんごってむつかしいですね。




あと、
「TRPGのルールブックには○○と書かれていない」と、
「実際のセッションでは○○だった」は、両立しうると思います。
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寿
寿日記
2026/06/12 09:50[web全体で公開]
🤔 TRPGとは何か?その4「本来のRPとは何だったのか?」
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)前回は、昔ながらのTRPGにおけるGMの役割について書いた。

世界を作り、状況を提示し、プレイヤーの行動に対して裁定を返す。
その結果として物語が生まれる・・・という流れが本来のシナリオという話だ。

今回は、では「RP(ロールプレイ)とは何だったのか?」について掘り下げてみたい。

■ 前提:当時から遊び方は、多様化していた。

最初にお断りしておきたいのだけど、一連の日記の目的は、知らない人に知って貰いたいという事。
だから一読しても意味不明な「オールドスクール」みたいな業界用語は使いたくない。

その為、説明の便宜上、昔ながらの、本来のやり方を「古典型」と呼称し、
ストーリー進行や演出の比重が高い遊び方を「現代型」と分かり易く呼称してきたが、
当然ながら両者がきっぱり二つに分かれているわけではない。

どんなセッションでも、グラデーションの様に、二つの要素が混ざり合っているのが普通だろう。
古典好きの私だって、古典型10割ではない。せいぜい6割7割くらいだと思う。

そして現代型と呼称しているが、それが生まれたのは、実は70年代だったりする。
つまり、TRPG黎明期の時点ですでに、現代型は存在していて、今は主流になったという事だ。

だから、GM経験が何百回あり、何十年も経験を積んだ古参プレイヤーでも、
実は古典型の経験も知識も無いという人は、普通にいる、というか、今はそれが多数派だったりする。

以前、マニュアル車からオートマ車という例えを出した。
車の場合は技術革新が必要なので時間がかかる。でもTRPGに技術革新は必要ない。
D&Dが商業ベースに乗った瞬間から、効率化は始まり、
より負荷の軽い一本道自動進行スタイルが、ほぼ時差なく生まれたというのは自然な流れだ。

■ RPとは何か?

一般的にRPは「役割を演じる事」と多くのシステムでは説明される。

しかし実際のプレイの中身を見ていくと、この説明は非常に危うい。
というか、この説明が、混乱させている元凶だ。「演じる」が良くない。
だからみんな、RPとはなりきって演技する事だと勘違いする。
表意文字である漢字は、一読して意味が分かる優れた文字だけど、その為に誤解も生じる。

むしろRPの本質に近いのは「役割を果たす」という捉え方だと思っている。

■ 実例:ダンジョン内での判断

未探索の部屋に斥候が潜入する場面を想像してほしい。この時、戦士PLが宣言する。

PL
「俺のPCは盾役(タンク)だから、斥候が危険に遭ったら庇える様に、
すぐ後ろに位置取っておきます」

これこそが、本来のRPであろうと思う。

RPとは、そのキャラとして考えて、やるべき役割を果たす行動の事だからだ。
なりきりでも何でもない普通のPL発言でも、上記の様にRPはきちんと成立するものだ。

ではRPの放棄とは何か?

タンクPC「部屋の中は危険かもしれんな、俺は外で待ってるぜ!」

仲間を守るべき盾役が、役割を放棄して自己保身に走る。これがRPの放棄だ。
PC発言だからRPなのではない。PC発言でもRPの放棄は普通に起こる。

そしてPLの選択した行動の結果は、そのままPLが受け取るのが古典型。
このセッションでは、室内に潜んでいた伏兵の奇襲によって、
後衛の斥候や魔法使いが直接大打撃を受け、パーティは壊滅し、攻略失敗となった。

RPとは「喋り方」や「キャラ口調」の事だけではない。
その立場になり、役割を果たす為に、どんな行動を取るべきか考え実行する、という事だ。

ここら辺、古典型の「状況を把握して、どう動くべきかを考える」
というシミュレーション要素が非常に大きい。

■ RPは“演技”ではなく“行動選択”だった

現在の感覚だと、RPは「なりきり」や「演技」として捉えられがちだ。
現代型の人たち自身が「おままごと」と呼称している事からもそれが伺える。

しかし本来の比重はそこではない。重要だったのは、前述したように、
そのキャラクターならどう動くか、その役割ならどう判断するか、その状況ならどう行動するか
これを常に考え、合理的な選択をするという部分だった。

つまりRPとは、セリフを作ることではなく、行動を決める事に近かった。

■ RPがストーリーを作っていく

本来のRPは、単なる雰囲気づくりではなく、それ自体がゲーム進行に直結していた。
例えば、交渉する、説得する、依頼を受ける、敵と同盟する
全てRPの結果として発生し、そのまま世界の状態を変える。
つまりRPは、世界を動かすための手段、世界への介入手段だった。

現在のTRPGでは、ストーリーが先に存在し、その流れに沿ってRPを行うのが一般的だ。
大体において、RPはフレーバー程度であり、ストーリーには影響を及ぼさない。

しかし昔はまったくの逆で、RPの積み重ねの結果として物語が生まれた。
RPが、世界を形作っていった。

決まったストーリーをなぞるのではなく、PCの判断と行動がそのまま物語になる。
だから本来は、同じシナリオでも、卓ごとに全く違う展開になるのが普通だった。

現代型を見ていて違和感を感じる一つが、
同じシナリオを遊んだというだけで、感想が一致する事だ。
別GM、別PLでプレイしたにもかかわらず、感想を共有出来るというのは、
古典型から見ると、とても不思議だ。とはいえ今はRPの話なのでこの件は次回以降に。

■ RPの意味が変わっていく中で起きていること

現在の「RP」という言葉の意味はかなり広がっている。

例えば、キャラクター同士の雑談や、感情表現や掛け合い(いわゆるエモ)
こうしたものもRPとして扱われることが多い。

茶番とも呼称される事がある。定義が色々ある広い言葉だが、
「物語と関係ないなりきりおままごとを延々と続ける事」を指す事が一般的に多い様だ。
実際「茶番RP」が好きです、とプロフで言ってるPLも見かける。

古典型にもあったが、それが一層広がったわけだ。
時代と共に多様化して生まれた楽しみ方なのだろう。それはそれで有って良いと思う。

ただしそのせいで「役割を果たすための行動」という側面は弱くなってしまった。
結果、本来の意味は知らないまま、TRPGを遊ぶ人が多くなった様に見える。

そして、同じRPという言葉でも、指している内容が人によって違う状態になっている。

■ 「RP=なりきり・・・だけではない」という違和感

最近、オンセンだけではなく、ディスコードなど他のコミュニティにもたくさん参加し、
ネット上の色んなブログをあちこち読み漁ったりしていて、
同様の趣旨のブログを見かける事が度々あった。短く要約すると以下だ。

「RPとはキャラクターになりきって話す事だ。
他にも意味があるのかもしれないが・・・」

こういうのを読むと非常に象徴的だと感じる。
現代型のPLで、ブログでTRPGについて色々語っている人は最近多い。
そして「RPとは?」についても語っている人は多い。

基本的には、RP=なりきりおままごと、だと思っている。
しかし、一方で違和感も感じている。「それだけじゃないのでは?」と思っている。
でも、それが何かは分からない。言語化できない。というわけだ。

古典型の経験もなければ知識もない、遊び方や定義の変化も知らない。
分からなくて当然だ。だからトラブルも起こる。
でも、その一方で、セッション経験を経て、なんとなくそれだけでは無いという感覚を持つに至る。

そういう感覚を持ってくれるというのは、もしかしたら古典要素のあるセッションを
経験した結果なのかもしれない。そう思うと少し嬉しい。希望が持てる。
ただ、それ以上には、なかなか認識が進まないのは残念でもある。

彼らは理解不足なのではなく、遊び方の歴史的変化を知らないだけだ。
「間違っている」のではなく「見えている範囲が部分的である」状態だ。
こんな人にこそ、なりきりはRPの一要素ではあるがメインではない事を知って貰いたいと思う。

■ RPという言葉が抱えているズレ

同じ「RP」という単語でも、実際には複数の意味が混在している。

役割を果たす行動、キャラクターになりきる表現、物語を演出する行為

これらが同じ言葉で呼ばれているため、認識がすれ違いやすい。
遊び方の違いが、そのまま言葉の意味の違いになっている様だ。

■ まとめ

RPとは本来、PCを演じる芝居そのものではなく、役割を果たす為の判断と行動だった。
その結果として世界が動き、物語が生まれていた。

現在は、時代の流れと共に、その比重が変化し、新たな楽しみ方が生まれ、
RPはより負荷が軽く、より演出寄りの概念として扱われる様になっている。

どちらが正しいという話ではないが、同じ言葉を使っていても、実は定義が違う。
その点だけは意識しておいた方が、余計なすれ違いは減るのではないかと思う。

つづく
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らびおり(兎檻)
らびおり(兎檻)日記
2026/06/08 23:50[web全体で公開]
😆 【D&D5e】眠れる竜の目覚め8【卓感想】
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)操られていたブロンズドラゴン・ラマルントシュを解放した前回。
正気に戻ったドラゴンに、町からのクエストである神託を伺いました。一緒にバハムートに祈りをささげると、見えてきたビジョンは……

レイロンの町が腐敗した緑色のガス雲に覆われ、NPCたちが緑竜にむしゃむしゃされるという惨劇シーン!
うわー大変だぁ😱とPLは思うけれど、PCは「動じない」という人格設定なので、あくまでも他人事なRPを。真面目なパラディン氏が拾ってくれて(怒られが発生して)、PLはニコニコです。

怠惰な自PCが依頼を受ける理由として、キャンペーンの最初にDMと相談の上、「町に借金を負っている」設定にしてあるので、今まではしぶしぶRPをしつつ(PLはやる気満々で)依頼を受けていたわけです。
しかーし! 今回に限っては「町が壊れる=借金がチャラに」という図式が完成してしまいましたw

でもご安心を。
こんなこともあろうかと、キャンペーン当初から育てていたポッド・オヴ・アウェイクニング(コモンのマジックアイテム)が、ついにアウェイクンド・シュラブ(覚醒した灌木)になったのです!
人に関心がなく、人の名前を憶えない自PCですが(仲間をそれぞれ勝手なあだ名で呼んでいる)、灌木にシュラと名付けました。
連れ歩くには脆弱すぎるマスコットキャラですから、町に置いて行くことになります。
……だから、町が襲撃されては困るのだ!!(でで~ん! 完璧な理由付け!←)

というわけで、共通のキャンペーンを追いながらも、勝手に自PCの(精神的な)成長物語も進めています。
ラマルントシュを呼ぶ角笛を作るクエストも、個人クエストとして受注しましたー! がんばるぞ。演奏には、習熟している<芸能>も生かせるかな?

町で買い物をしたあと、緑竜のいるクリプトガーデン森へと向かいます。
ラマルントシュが言うには、緑竜は今まで森の奥に引きこもっていたから、町を襲うには何か理由があるだろうとのこと。理由を取り除けば、OKですね。
木々と岩があり、見通しの悪い獣道で、フレイムスカルとグールの群れに出会いました。

遠距離からのエンカウント。
ウッドエルフ2人が知覚に成功したため、PC側は「見えずとも敵の存在は認識している」とのことです。奇襲にも成功。

LV12に上がって、初めての戦闘です。
ソーサラーの自PCですが、能力値上昇のタイミングで敢えて特技「呪文修正のたしなみ」を取りました。
これによって、呪文修正が3つ→5つに増えています!
増加分で「呪文変質」を取ったので、早速お披露目です。

敵がまだ固まっているうちに、見える場所へと飛行(箒)移動して、雷鳴属性にチェンジしたファイボをーーどんがらがっしゃーん!!
(威力強化も重ねましたが、ダメージダイスが走ったので意味はなかった!)
抵抗に失敗したグールたちを始末し、フレイムスカルも瀕死の状態まで追い込みました。
暴走は、自PCのサイズが大型になるというもの。おお、これは初めて出たぞー!(おもしろ~い!)

次ラウンドからは、温存モードで仲間にお任せ。
PC「もう充分働いたから」(PLの内心「せっかく全力移動して敵に向かっている仲間たちにも、活躍チャンス回さないと」)ってことで、初級呪文チクチクして終了。

アンデッドが増えていることが、緑竜に何か影響を与えているかもしれないとの予想のもと、グールの足跡を追って、洞窟にたどり着いた……ところでお時間でした。
次回はダンジョン探索だー!(大好き) とても楽しみです♪
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寿
寿日記
2026/06/04 21:39[web全体で公開]
🤔 TRPGとは何か?その3「本来のGMの役割は何だったのか?」
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)前回は、昔ながらのTRPGがどんな遊びだったのかを書いた。
プレイヤーが状況を分析し、自分で考え、自分で判断しながら未知の世界を攻略する。
そんな「冒険シミュレーション」としての側面が強かったという話だ。

では、その時代のGMは何をしていたのだろうか?

もちろん、一概には言えないのだが、
あくまで私の知る範囲で、昔ながらのGMがどんな役割だったのかを、
分かりやすく書いてみたい。

その前に一つだけ。
私は昔ながらの遊び方が好きだが、「昔の方が正しい」と言いたいわけではない。

最近はスタイルの違いによるすれ違いをよく見かける。
原因の一つは、プレイスタイルの差異を知らない事ではないかと思っている。
だからこれは「本来こういう遊び方もあったんだよ」
という話として読んでもらえれば幸いだ。

*

最近のTRPGだと、GMはシナリオの進行役というイメージが強い。

導入を行い、情報を出し、時には答えを出し、シーンを切り替え、
クライマックスへ誘導し、エンディングまで運ぶ。
SEやBGM、NPCやモンスターの立ち絵や背景も用意する。

いわば参加者を楽しませるアトラクションのプロデューサーであり、
ドラマの脚本家兼演出家のような立場だ。

だが、昔ながらのTRPGでは少し違った。
本来のGMは、脚本家でも演出家でもない。
前回もちょっと触れたが、世界の管理者であり、審判役だった。

*

■ 本来のTRPGでは、GMは結末を知らない

現代のシナリオでは、
「事件が起きる」→「調査する」→「犯人が判明する」→「最終決戦」
という流れが最初から決まっていて、事前に用意されている事が多い。

もちろん途中の選択肢があったりもするが、大枠の流れはすでに存在する。
一方、昔ながらのTRPGでは、GM自身も結末が分からないのが普通だった。

なぜなら、プレイヤーが何をするか分からないからだ。

敵の本拠地へ向かうかと思ったら、街に戻るかもしれない。
依頼を断るかもしれない。敵と交渉するかもしれない。村に住み着くかもしれない。

だからGMの仕事は、「物語を朗読して進める事」ではなく、
「その行動なら世界で何が起きるか」を公平に判断してPLに返す事だった。

*

■ 本来のTRPGでは、GMはストーリーを作るのではなく世界を作る。

例えば、漁村があるとする。現代型のシナリオなら、
村長が依頼を出す→事件の被害者がいる→手掛かりがある→村人が情報を話す
→犯人がいる  といったストーリーが、あらかじめ用意される。

現代型のセッションに必要なのは、そのシナリオに関係する部分だけだ。
必要部分を中心に作られ、それ以外は詳細に決められていない事も多い。

だから古典型のPLが現代型卓に迷い込んで、自由に動き回ろうとするとトラぶる。
自由に行動し宣言するPLに対応できずにGMがパニック起こしたり、
黙り込んでしまったり、卓の雰囲気を壊したり。
私にも前科がある。現代型を知らなかったから。(あの時はごめんね)

先ほど、現代型のGMはドラマの演出家と例えたが、
シナリオ作成を例えるなら、現代型は、舞台のセットに近い。
シナリオで使う部分は細かく作り込まれているが、使わない部分は省略される事も多い。
舞台上の場面の絵が描いてあるが、裏に回ればただの板であるカキワリのようなものだ。

しかし昔ながらのGMは違う。ストーリーを決めるのではなく設定を決める。
カキワリ一枚だけではなく、舞台の裏側にも、GMが設定した世界が広がっている。
PLが裏へ回ろうと思った時に困らないようにするためだ。

*

この漁村は・・・

人口は100人、うち漁師は35人。村長は老年の男性。
神殿や司祭はいないが、老齢の女性薬師が一人。宿屋はない。

街道から半日歩いたところにある。村民は、ほとんど村の外には出ない。
沿岸漁業で生計を立てていて、一日の平均水揚げ量は500kg。
水揚げ作業運搬用にロバが一頭だけ飼われている。管理は村長。

日持ちするように、水揚げした後は、村内で加工する。
村内に、燻製小屋、干物小屋、塩漬け小屋などがある。

週に一度、国から徴税官に任命されている商人が出入りして、
魚を買い上げる。うち4割は税として物納。

保有漁船は12隻。うち1隻は空いているので貸出可能。
小屋も一つ空き小屋があり貸出可能。
保存食(干物)、日用雑貨などは調達可能。

漁船は、漁火漁用の船で、2人から4人で乗船する。全幅2m、全長8m。
漁網や船倉などのスペースもあり、移動するだけなら10人でも乗船可能。

・・・と、こんな感じで、設定を考える。
上記は、ちょうど今やっているセッションで私が考えた設定の一部。
なんでこんな事をするかと言えば、プレイヤーが何を始めるか分からないからだ。

事件を調べるかもしれない。船を借りるかもしれない。漁師を雇うかもしれない。
村に移住するかもしれない。村長と喧嘩して村を乗っ取ろうとするかもしれない。
ロープが欲しいと言われればいくらでもあるけど、
網が欲しいと言われても、それは漁師の命だ、貸せないぞ。

だからGMは、まず箱庭世界を作る。
シナリオはこういう設定の積み重ねでできるものだった。
一本道のストーリーだけではなかった。

*

■ 使われない設定だらけ

そして面白い事に、そうやって作った設定の大半は実は使われないという現実。

人口百人の村を作っても、プレイヤーが知るのは村長だけかもしれない。
近隣領主との政治関係を考えても、一度も話題にならないかもしれない。
漁船が何隻ある設定を作っても、誰も船に興味を持たないかもしれない。

この設定をPLが知る必要はないし、知らなくても攻略に支障はない。
というか極論、この村に来るかどうかもPLの自由で、訪問しないかもしれない。

今の感覚だと「じゃあ作る意味ないじゃん」と思うかもしれない。
でも、きちんと決められた設定があるから、
プレイヤーが予想外の行動をした時にも対応できる。
世界が実在している感覚を維持できる。世界に没入できる。それが大事だった。

アドリブというのは、こういう設定が出来ているからこそ、
どんなに外れた行動をしても適切に対応できるという事だ。

*

■ GMは、ご都合主義でプレイヤーを助けない

これも今との大きな違いかもしれない。
昔ながらのGMは、基本的にプレイヤーを露骨に正解へ誘導しない。

PLの油断で情報を見落としたなら見落としたまま。
無警戒で、危険を察知できなかったなら、その結果を受ける。

もちろん意地悪をするわけではない。ただ、公平であろうとする。

プレイヤーに都合よく強引に正解に誘導したり、世界を書き換えない。
失敗したなら失敗。成功したなら成功。それだけだった。
だから、GMは脚本家や演出家である前に、公平な審判だった。

ただ誤解の無いように断っておくけど、ゲームの目的は皆が楽しむ事なのは同じ。
ゆえに、GMがさじ加減に気を配っていたのは昔も同じ。
見落としたなら、さりげなくヒントを出したり、
むしろ今よりもずっと心を砕いていたと思う。

なぜならシビアだからこそ、
気を付けないと予期せぬピンチで簡単に全滅してしまうからだ。
ストーリーが決まっている現代型なら、
逆にそこまでの絶妙なさじ加減の苦労は必要ないだろう。
 
*

■ だから本来のGMの役割は楽ではない

よく、GMなんて誰でもできると公式などが言ってるけど、あれは建前。
そう言わないと商売にならないものな。

でも現代型のGMは割とそれに近くなった。
誰でもできるように負荷を軽くして効率化されるよう進化をしたから。
誰でも出来るというのは、非常に良い進化だと思う。

古典型の場合は、実際GMをやるためには、
それなりの熟練度が必要で、難易度はかなり高かったと思う。

シナリオを作るたびに、世界設定を作り、村設定を作り、街設定を作り、
ダンジョンを作る。
各組織の勢力図や抱えている問題などの設定も作る。
NPCの状況、目的、背景を考える。
時間経過で何が起きるか考える。プレイヤーが何をやっても対応できるよう準備する。

だから決して楽ではない。今より大変だった部分も多い。
もっとも、仲間内でわいわい遊ぶのなら、例えグダグダになっても、
それもまた楽しいはずなのだけれど。
そういう意味では誰でもGMが出来るのも間違いではない。

*

■ 最後に

こうして見ると、昔ながらのGMの仕事の一番は、
物語を語る事ではなく、「世界を成立させる事」だったと言える。

プレイヤーがどこへ行こうが、何をしようが、その世界が自然に反応できるよう準備する。
だから必要だったのは脚本術や演出力よりも、
設定構築力や裁定能力、そしてアドリブ力だった。

ここまで書くと、昔ながらのTRPGが
厳格で息苦しい高難易度ゲームに見えるかもしれない。
でも実際は少し違う。

結局のところ、TRPGは皆で集まって、お菓子や飲み物をつまみながら、
「それ危なくない?」「いや、こうしたらいけるんじゃない?」
「GM、それ分かりにくいよ!」「もっとヒントないの?」「それは甘えだろw」
みたいに、あーだこーだ掛け合いしながら遊ぶゲームだった。

分からなければ質問していいし、GMと交渉したっていい。
PL発言禁止なんて縛りはなかった。
むしろ、そういうやり取りこそ、セッションの最も大事な要素だった。

そう考えるとむしろ、「キャラになりきって話して」「pl発言禁止」「メタ発言禁止」
「メインタブではRPしてください」などなど縛りが多い現代型の方が、
よっぽど厳格でとっつきにくい要素があるとも言えるかもしれない。

だから昔ながらのTRPGは、黙って正解を探すゲームではない。
戦術シミュレーション要素が強くても、脳内だけで思考するゲームではない。

遠慮せず質問して、提案して、相談して、遠慮せず世界に働きかける。
そうやってGMとPL全員で世界を作り、物語を作っていく遊びだった。

もちろん意見が割れる事もある。そんな時は最終的にGMが裁定し、皆はそれに従う。
それがゴールデンルールだ。

だからGMは審判役でもあるのだけれど、基本は対立するためではない。
プレイヤー達が同じ世界を共有し、その世界が自然に動き続けるよう管理する。
そして、その中で起きた出来事の積み重ねとしてオンリーワンの物語が生まれる。

昔ながらのGMとは、そんな役割だったのだと思う。

つづく。
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ミドリガニ
ミドリガニ日記
2026/06/04 15:51[web全体で公開]
😊 【雑記】テプラがやって来た【徒然】
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)こんにちは、甲殻類です。
仕事場に初めてテプラが入りました。
はい、印字テープを自在に作れる文具です。
購入したのはBluetooth接続の安価なタイプですが、意外にシンプルな構造、そして扱いやすさも抜群。
今まで字を書くのが下手なわたしや母蟹(手が鋏なのだからそれはそう)が苦労して手書きしていたのが嘘のように綺麗に印字されたテープがあっという間にファイルを彩りました。

こやつ、使える……!!( ✧Д✧) カッ
何故今まで導入しなかったのか不思議なくらいです。
『ヨシ、使い倒そう!!』( ◜ᴗ◝)🫶
そう心に誓った梅雨前の午前でした。
最後までお読み頂きありがとうございました!!
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ミケ
ミケ日記
2026/06/04 16:16[web全体で公開]
😲 trpgの感想
先日、初めてのtrpgをしました!記念すべく最初のtrpgは指定があるので一応伏せさせてもらいますがかなりコアな奴です。「初めましてのシステムこれはかなりコアw」と言われ確かにと思わず笑ってしまいましたw驚いたことが色々ありまず皆様コミュ力、想像力があり過ぎますね、、!本当尊敬に値します!皆様が私に話題を振ったり話しかけたりしてくれてとても嬉しかったです!次回もあるので楽しみです!
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寿
寿日記
2026/05/28 23:45[web全体で公開]
🤔  TRPGとは何か?その2「本来は、なんだったのか?」
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)前回、コンピュータRPGの話を書いた。
昔はプレイヤー自身が未知を攻略するゲームでTRPGもかなり近い構造をしていた。
今までコツコツ調べたり体験したりした事を、一度整理してみる。

最近は「TRPG=キャラクターになりきって物語を楽しむ遊び」というイメージがかなり強い。
もちろん、それもTRPGの一つの形ではある。でも本来のTRPGは違っていた。
今で言う「オールドスクール」。「古い学校」が舞台の学園系TRPG・・・という意味ではないw

海外由来なので分かりにくいが、「スクール」は「流派」「やり方」という意味。
「オールドスクール」とは、単純に「昔ながらのやり方」という事。
では、その「昔ながらのTRPG」とは何だったのか?

ざっくり言うと、プレイヤーが自分の想像力を使って箱庭世界へ没入し、
冒険者として未知の状況を、自分の判断で突破していく遊びだった。

*

※ 箱庭世界とは?(箱庭型、サンドボックス)

昔のTRPG世界は、今みたいに「プレイヤーのために都合よく進行する舞台」ではなかった。
NPCも、必要情報だけ喋る便利な舞台装置ではなかった。

街には街の事情があり、敵には敵の目的があり、登場人物には背景が設定されている。
プレイヤーが動かなくても世界は存在し続けるし、都合よく時間停止して待ってくれたりもしない。

だからこそ「ここは危険そうだ」「補給なしでは進めない」みたいな臨場感が生まれる。
箱庭型では、まず世界そのものが存在し、物語はプレイヤー行動の結果として後から発生する。

つまり、最初から決められたドラマを辿るのではなく、
プレイヤーが世界へ働きかけた結果として物語が生まれる構造だった。

当然、GMの役割も今とはかなり違う。
本来のGMは、脚本家でも演出家でもなく、世界を管理し裁定する審判役だ。
GMの役目は、世界の状況を提示し、プレイヤー行動の結果を公平に処理する事。
プレイヤーを決められた展開へ誘導するのではなく、
「その行動なら、この世界では何が起きるか?」を判断する。

だからGMも結末を知らない。PLの行動の積み重ねで物語が出来る、それがTRPGだった。

*

そもそもTRPGは、ウォーゲーム文化から派生しているので
元々、戦術・情報収集・危険回避といった作戦シミュレーションの要素が強かった。
重要なのは、決められた物語を体験する事ではなく「この世界でどう生き残るか?」を考える事。

つまりシナリオ消費ではなく、プレイヤー自身が世界へ能動的に働きかける遊びだった。
だから昔のTRPGでは、キャラクターシート以上に、プレイヤー自身の発想と工夫が重要になる。

例えばダンジョン探索。
GMは「薄暗い石造りの通路が北へ伸びている」程度しか説明しない。
そこでPLは考える。
「壁は湿ってる?」「風は来てる?」「床に足跡は?」「天井の高さは?」「先は何mくらい見える?」
みたいなのを、GMから指示される事なく、自発的に質問したり宣言していく。

つまり「技能で判定でおしまい」ではなく、
“どう調べるか”“どう安全確認するか”“どう突破するか”を考えるゲームだった。

戦闘も同じ。正面から殴り合うだけではない。待ち伏せ、交渉、撤退、地形利用、分断、奇襲。
仲間と相談し、状況を分析し「どう戦えば有利か?」を考える。

だからプレイヤーの知恵や注意力が非常に重要だった。
例えば「この通路、不自然に静かじゃないか?」「部屋の形と外周が合わない」
みたいな違和感に気づけるかどうか。

あるいは「扉の前に立たない」「宝箱を開ける前に周囲を見る」「退路を確保してから戦う」
みたいな慎重さ。

“なりきり”ではない。“状況分析、危機管理、探索シミュレーション”に近かった。
だから「能力値が高いから正解が出る」わけではない。
プレイヤーが正しい発想をしなければ普通に死ぬ。

いくら戦士が強くても、不用意に扉を開ければ毒ガスで全滅する。
いくら盗賊技能が高くても、「調べる」という発想が無ければ落とし穴に落ちる。

つまり「ルルブに書かれた行動を選ぶゲーム」ではなく
「状況に対して自分で解決策を考えるゲーム」だった。
TRPGの原型がウォーゲームなのだから、ある意味当然でもある。

敵戦力は?退路は?補給は?伏兵は?どこで戦う?
限られた情報から状況を推測し、判断し、行動を決める。
その延長線上に、「では個人単位で冒険してみよう」という発想が生まれ、TRPGへ繋がっていった。
だから初期TRPGでは、“攻略”の比重が非常に大きい。

今の感覚だと「キャラクター感情」「物語演出」が中心に見えるかもしれない。
でも昔は、まず先に「この危機を突破できるのか?」「生きて帰れるのか?」が重要だった。

だから、松明の本数を数える。食料を管理する。ロープを持つ。扉に釘を打つ。逃走経路を確保する。
こういう行動が地味に重要だった。

「この準備で大丈夫か?」「奥へ進むべきか?」「撤退するべきでは?」「どういう作戦で行く?」
皆で相談し、推測し、決断し、手順を考え、段取りを組み、生還する。そこに達成感があった。

・・・のだけど。

現代型TRPGは、この“攻略”部分をかなり整理・簡略化する方向へ進化した。
探索は判定で進む。情報は自動で出てくる。詰まればGMが誘導する。

その代わり、キャラクター感情や演出、物語体験が重視される。
実際「TRPGとは大人のおままごと」と表現する現代型プレイヤーもかなり多い。

古典型から見ると「???」としっくりこないのだけど、別に悪い進化ではない。
そもそもTRPGに限らず、あらゆる遊びは時代とともに最適化・効率化される。
リメイク版ドラクエが非常に快適になったように、現代型TRPGも、合理化されたとも言える。

ただ、その結果、昔のTRPGとは「何を遊ぶゲームなのか?」という
定義そのものが変化してしまった。
だから、古典型の感覚を持つ人と、現代型の感覚を持つ人では、
同じ「TRPG」という言葉を使っていても、実は見ているものがかなり違う。

極端に言えば、別文化、別競技、別ゲームに近い。
にも拘わらず、同じTRPG同じシステムに、別の価値観が混在していて
当人達も、自分がどの文化圏の遊びをしているか、意外と自覚していない。

だから同じシステムでも、悪気なく異文化衝突の対人トラブルが起きる。
「ちゃんと探索したい人」と、「物語を楽しみたい人」が、
お互いに「なんでそういう遊び方をするの?」となってしまう。困ったもんだよね。
つづく。
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ササミ
ササミ日記
2026/06/01 11:35[web全体で公開]
😶 同じゲーム好きでも、ちょっと違うこと
昨日は【ボードゲーム会】に朝から参加してきました。
ゲームマーケットが終わったばかりなので、新作ゲームや同人ゲームが中心でした。

まぁ、買ったら遊びたいよねwww


ということで、新作ゲームのインスト(ルール説明)を受けるのですが、ちょっと引っかかります。

ボードゲーマーって『全て表示する昨日は【ボードゲーム会】に朝から参加してきました。
ゲームマーケットが終わったばかりなので、新作ゲームや同人ゲームが中心でした。

まぁ、買ったら遊びたいよねwww


ということで、新作ゲームのインスト(ルール説明)を受けるのですが、ちょっと引っかかります。

ボードゲーマーって『いきなりルールと勝利条件の説明』するのです。
TRPGゲーマーは、まず簡単に『世界の説明』をしてからルール説明します。SW2.5なら「剣と魔法の世界です」、シノビガミなら「現代日本で超能力バトルします」って感じです。

いや、絵を見ればなんとなくわかるけど、これがローマ帝国時代の前期・後期なのか、大航海時代なのか、先に超カンタンに世界観の説明して欲しくなるのがTRPGゲーマーの性格なんでしょう。
説明の途中で、いきなり魔法とか出てくるとビックリするからwww
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