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🤔 TRPGとは何か?その4「本来のRPとは何だったのか?」 (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)前回は、昔ながらのTRPGにおけるGMの役割について書いた。 世界を作り、状況を提示し、プレイヤーの行動に対して裁定を返す。 その結果として物語が生まれる・・・という流れが本来のシナリオという話だ。 今回は、では「RP(ロールプレイ)とは何だったのか?」について掘り下げてみたい。 ■ 前提:当時から遊び方は、多様化していた。 最初にお断りしておきたいのだけど、一連の日記の目的は、知らない人に知って貰いたいという事。 だから一読しても意味不明な「オールドスクール」みたいな業界用語は使いたくない。 その為、説明の便宜上、昔ながらの、本来のやり方を「古典型」と呼称し、 ストーリー進行や演出の比重が高い遊び方を「現代型」と分かり易く呼称してきたが、 当然ながら両者がきっぱり二つに分かれているわけではない。 どんなセッションでも、グラデーションの様に、二つの要素が混ざり合っているのが普通だろう。 古典好きの私だって、古典型10割ではない。せいぜい6割7割くらいだと思う。 そして現代型と呼称しているが、それが生まれたのは、実は70年代だったりする。 つまり、TRPG黎明期の時点ですでに、現代型は存在していて、今は主流になったという事だ。 だから、GM経験が何百回あり、何十年も経験を積んだ古参プレイヤーでも、 実は古典型の経験も知識も無いという人は、普通にいる、というか、今はそれが多数派だったりする。 以前、マニュアル車からオートマ車という例えを出した。 車の場合は技術革新が必要なので時間がかかる。でもTRPGに技術革新は必要ない。 D&Dが商業ベースに乗った瞬間から、効率化は始まり、 より負荷の軽い一本道自動進行スタイルが、ほぼ時差なく生まれたというのは自然な流れだ。 ■ RPとは何か? 一般的にRPは「役割を演じる事」と多くのシステムでは説明される。 しかし実際のプレイの中身を見ていくと、この説明は非常に危うい。 というか、この説明が、混乱させている元凶だ。「演じる」が良くない。 だからみんな、RPとはなりきって演技する事だと勘違いする。 表意文字である漢字は、一読して意味が分かる優れた文字だけど、その為に誤解も生じる。 むしろRPの本質に近いのは「役割を果たす」という捉え方だと思っている。 ■ 実例:ダンジョン内での判断 未探索の部屋に斥候が潜入する場面を想像してほしい。この時、戦士PLが宣言する。 PL 「俺のPCは盾役(タンク)だから、斥候が危険に遭ったら庇える様に、 すぐ後ろに位置取っておきます」 これこそが、本来のRPであろうと思う。 RPとは、そのキャラとして考えて、やるべき役割を果たす行動の事だからだ。 なりきりでも何でもない普通のPL発言でも、上記の様にRPはきちんと成立するものだ。 ではRPの放棄とは何か? タンクPC「部屋の中は危険かもしれんな、俺は外で待ってるぜ!」 仲間を守るべき盾役が、役割を放棄して自己保身に走る。これがRPの放棄だ。 PC発言だからRPなのではない。PC発言でもRPの放棄は普通に起こる。 そしてPLの選択した行動の結果は、そのままPLが受け取るのが古典型。 このセッションでは、室内に潜んでいた伏兵の奇襲によって、 後衛の斥候や魔法使いが直接大打撃を受け、パーティは壊滅し、攻略失敗となった。 RPとは「喋り方」や「キャラ口調」の事だけではない。 その立場になり、役割を果たす為に、どんな行動を取るべきか考え実行する、という事だ。 ここら辺、古典型の「状況を把握して、どう動くべきかを考える」 というシミュレーション要素が非常に大きい。 ■ RPは“演技”ではなく“行動選択”だった 現在の感覚だと、RPは「なりきり」や「演技」として捉えられがちだ。 現代型の人たち自身が「おままごと」と呼称している事からもそれが伺える。 しかし本来の比重はそこではない。重要だったのは、前述したように、 そのキャラクターならどう動くか、その役割ならどう判断するか、その状況ならどう行動するか これを常に考え、合理的な選択をするという部分だった。 つまりRPとは、セリフを作ることではなく、行動を決める事に近かった。 ■ RPがストーリーを作っていく 本来のRPは、単なる雰囲気づくりではなく、それ自体がゲーム進行に直結していた。 例えば、交渉する、説得する、依頼を受ける、敵と同盟する 全てRPの結果として発生し、そのまま世界の状態を変える。 つまりRPは、世界を動かすための手段、世界への介入手段だった。 現在のTRPGでは、ストーリーが先に存在し、その流れに沿ってRPを行うのが一般的だ。 大体において、RPはフレーバー程度であり、ストーリーには影響を及ぼさない。 しかし昔はまったくの逆で、RPの積み重ねの結果として物語が生まれた。 RPが、世界を形作っていった。 決まったストーリーをなぞるのではなく、PCの判断と行動がそのまま物語になる。 だから本来は、同じシナリオでも、卓ごとに全く違う展開になるのが普通だった。 現代型を見ていて違和感を感じる一つが、 同じシナリオを遊んだというだけで、感想が一致する事だ。 別GM、別PLでプレイしたにもかかわらず、感想を共有出来るというのは、 古典型から見ると、とても不思議だ。とはいえ今はRPの話なのでこの件は次回以降に。 ■ RPの意味が変わっていく中で起きていること 現在の「RP」という言葉の意味はかなり広がっている。 例えば、キャラクター同士の雑談や、感情表現や掛け合い(いわゆるエモ) こうしたものもRPとして扱われることが多い。 茶番とも呼称される事がある。定義が色々ある広い言葉だが、 「物語と関係ないなりきりおままごとを延々と続ける事」を指す事が一般的に多い様だ。 実際「茶番RP」が好きです、とプロフで言ってるPLも見かける。 古典型にもあったが、それが一層広がったわけだ。 時代と共に多様化して生まれた楽しみ方なのだろう。それはそれで有って良いと思う。 ただしそのせいで「役割を果たすための行動」という側面は弱くなってしまった。 結果、本来の意味は知らないまま、TRPGを遊ぶ人が多くなった様に見える。 そして、同じRPという言葉でも、指している内容が人によって違う状態になっている。 ■ 「RP=なりきり・・・だけではない」という違和感 最近、オンセンだけではなく、ディスコードなど他のコミュニティにもたくさん参加し、 ネット上の色んなブログをあちこち読み漁ったりしていて、 同様の趣旨のブログを見かける事が度々あった。短く要約すると以下だ。 「RPとはキャラクターになりきって話す事だ。 他にも意味があるのかもしれないが・・・」 こういうのを読むと非常に象徴的だと感じる。 現代型のPLで、ブログでTRPGについて色々語っている人は最近多い。 そして「RPとは?」についても語っている人は多い。 基本的には、RP=なりきりおままごと、だと思っている。 しかし、一方で違和感も感じている。「それだけじゃないのでは?」と思っている。 でも、それが何かは分からない。言語化できない。というわけだ。 古典型の経験もなければ知識もない、遊び方や定義の変化も知らない。 分からなくて当然だ。だからトラブルも起こる。 でも、その一方で、セッション経験を経て、なんとなくそれだけでは無いという感覚を持つに至る。 そういう感覚を持ってくれるというのは、もしかしたら古典要素のあるセッションを 経験した結果なのかもしれない。そう思うと少し嬉しい。希望が持てる。 ただ、それ以上には、なかなか認識が進まないのは残念でもある。 彼らは理解不足なのではなく、遊び方の歴史的変化を知らないだけだ。 「間違っている」のではなく「見えている範囲が部分的である」状態だ。 こんな人にこそ、なりきりはRPの一要素ではあるがメインではない事を知って貰いたいと思う。 ■ RPという言葉が抱えているズレ 同じ「RP」という単語でも、実際には複数の意味が混在している。 役割を果たす行動、キャラクターになりきる表現、物語を演出する行為 これらが同じ言葉で呼ばれているため、認識がすれ違いやすい。 遊び方の違いが、そのまま言葉の意味の違いになっている様だ。 ■ まとめ RPとは本来、PCを演じる芝居そのものではなく、役割を果たす為の判断と行動だった。 その結果として世界が動き、物語が生まれていた。 現在は、時代の流れと共に、その比重が変化し、新たな楽しみ方が生まれ、 RPはより負荷が軽く、より演出寄りの概念として扱われる様になっている。 どちらが正しいという話ではないが、同じ言葉を使っていても、実は定義が違う。 その点だけは意識しておいた方が、余計なすれ違いは減るのではないかと思う。 つづく
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