寿さんの詳細
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プロフィール
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掲示板セッション、置きレス卓がやりたい人です。 もろもろ事情で、現在は、テキセ、ボイセの参加は難しくなっています。 置きレス卓自体、募集がなくてさみしいです。 システム問わないので置きレス卓の方いたらお声掛けください。 ルルブ無くてもいいならなお歓迎。 * 最優先は置きレス。次点でテキセ民です。聞き専なら、ボイテキも可能です。 通常は、夜21時から25時くらいなら参加できます。 ※現在は、体調の問題で、なかなか参加が難しかったりします。 長時間かかる場合は、何日かに小分けにして 開催していただけると嬉しいです。 日中長時間はなかなか参加が難しいです。 色々と参加したいセッションは多いのに、 時間が合わなくて参加申請できないのが悲しい・・・ 最近は、体調の問題もあり、置きレス卓が一番参加しやすいですが、 まったく募集がないので悲しい。 ストーリー主導型も面白いのは面白いけど、 箱庭型出身なので、そっちでも遊べたらいいな。 SW無印が好きですけど、それ以外のものでも、 ルルブ無しの初心者でも構わないという方がいたら、 ぜひ卓に誘って下さい。 @@@@@@@@@@ クトゥルフのルルブを購入しました。(2025年1月下旬) AFF2eのルルブを購入しました。(2026年5月下旬) sw2.5のルルブDXを購入しました。(2026年5月下旬) 夜21時から25時くらいまでの開催で、 長い場合は何日かに小分けしてセッションしてくれる テキセ民の方がいたら、ぜひ誘ってくれると嬉しいです。 昔ながらのクラシックスタイルが好みですけど、 一致団結して知恵と勇気を振り絞っても、攻略に必要な情報も 与えられずに理不尽にロストするハードな奴はちょっと・・・(汗) 一致団結、知恵と勇気で、皆が生還できるバランスが良いですね。 @@@@@@@@@@ ソードワールドRPG(1stいわゆる無印)が好きです。 コミュニティ「無印の英雄亭」で、 置きレス、テキセで、セッション活動してます。 https://trpgsession.com/sp/community-detail.php?i=commu161724917993 ※随時、メンバー募集中。 ※現在はディスコードの方に拠点を移してます。 もしsw無印に興味のある方がいたら、 お気軽に寿までご連絡ください。 すぐにセッション準備しますw 未経験でもルルブなくても大丈夫です。 GMをやっても良いという方は大歓迎します。 ぜひ一緒に遊んでください。
GM・PL傾向
GM・PL均等
GM
PL
プレイ傾向
ロールプレイ
戦闘
推理・考察
秘匿
茶番
燃え展開
鬱展開
メタ推理・発言
R15+
キャラロスト
PvP
恋愛
過程を楽しみたい
改変を許容する
活動情報など
最終更新:
2時間前
登録日:
2021年04月03日
活動日時:
21時以降
プレイ回数:
100 GM回数:
100
ボイスチャット:
不
セッションのお誘い:
可
100の質問 (回答率:100%)
| やりたいTRPG: | ソード・ワールド無印 など ソード・ワールド2.5 クトゥルフ神話7版 クトゥルフ神話TRPG AFF2版 |
スケジュール
| 月 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 06 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 07 | 08 | 08 | 08 | 08 | 08 | 08 | 08 | 08 | 08 | 08 | 08 |
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| 日 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 |
| (曜) | (土) | (日) | (月) | (火) | (水) | (木) | (金) | (土) | (日) | (月) | (火) | (水) | (木) | (金) | (土) | (日) | (月) | (火) | (水) | (木) | (金) | (土) | (日) | (月) | (火) | (水) | (木) | (金) | (土) | (日) | (月) | (火) | (水) | (木) | (金) | (土) | (日) | (月) | (火) | (水) | (木) | (金) | (土) | (日) | (月) | (火) | (水) | (木) | (金) | (土) | (日) | (月) | (火) | (水) | (木) | (金) | (土) | (日) | (月) | (火) |
| 朝 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 昼 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 夜 |
| ○ | 空いています |
| ● | セッションが決まってます |
| △ | たぶん空いています |
| × | 空いてません |
平常時のお誘い受け可能な時間帯(あくまで目安です) | |||
|---|---|---|---|
| 朝 | 昼 | 夜 |
平日 | 〇 | ||
土曜 | 〇 | ||
日曜 | 〇 | ||
キャラクターシートと友達
参加コミュニティ
所持するルールブック (21)
タイムライン
| COBRA⇒寿 | |
| 2026/06/13 01:38 [web全体で公開] |
> 日記:TRPGとは何か?その4「本来のRPとは何だったのか?」 クラスが明確なシステムは役割も分担も明確なのですが、BRPスキルシステム以降は「アンタなんなの?」的な宙ぶらりんPCが仕様的に発生したともいえると思ってます。 とはいえシステム起因だけでなく「これはキャラクター個性だから」を言い訳にしたPLの問題行動も古来からあり、鍵あけを断るローグ、前衛を拒否るパラディンは版が最新になろうといますけど、そういうのとはPTで連携とってナンボの遊びで同卓することがなくなる形ですね。楽しく遊べるPLさんの方が声がかかりますし。
| 寿 | |
| 2026/06/12 09:50 [web全体で公開] |
🤔 TRPGとは何か?その4「本来のRPとは何だったのか?」 (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)前回は、昔ながらのTRPGにおけるGMの役割について書いた。 世界を作り、状況を提示し、プレイヤーの行動に対して裁定を返す。 その結果として物語が生まれる・・・という流れが本来のシナリオという話だ。 今回は、では「RP(ロールプレイ)とは何だったのか?」について掘り下げてみたい。 ■ 前提:当時から遊び方は、多様化していた。 最初にお断りしておきたいのだけど、一連の日記の目的は、知らない人に知って貰いたいという事。 だから一読しても意味不明な「オールドスクール」みたいな業界用語は使いたくない。 その為、説明の便宜上、昔ながらの、本来のやり方を「古典型」と呼称し、 ストーリー進行や演出の比重が高い遊び方を「現代型」と分かり易く呼称してきたが、 当然ながら両者がきっぱり二つに分かれているわけではない。 どんなセッションでも、グラデーションの様に、二つの要素が混ざり合っているのが普通だろう。 古典好きの私だって、古典型10割ではない。せいぜい6割7割くらいだと思う。 そして現代型と呼称しているが、それが生まれたのは、実は70年代だったりする。 つまり、TRPG黎明期の時点ですでに、現代型は存在していて、今は主流になったという事だ。 だから、GM経験が何百回あり、何十年も経験を積んだ古参プレイヤーでも、 実は古典型の経験も知識も無いという人は、普通にいる、というか、今はそれが多数派だったりする。 以前、マニュアル車からオートマ車という例えを出した。 車の場合は技術革新が必要なので時間がかかる。でもTRPGに技術革新は必要ない。 D&Dが商業ベースに乗った瞬間から、効率化は始まり、 より負荷の軽い一本道自動進行スタイルが、ほぼ時差なく生まれたというのは自然な流れだ。 ■ RPとは何か? 一般的にRPは「役割を演じる事」と多くのシステムでは説明される。 しかし実際のプレイの中身を見ていくと、この説明は非常に危うい。 というか、この説明が、混乱させている元凶だ。「演じる」が良くない。 だからみんな、RPとはなりきって演技する事だと勘違いする。 表意文字である漢字は、一読して意味が分かる優れた文字だけど、その為に誤解も生じる。 むしろRPの本質に近いのは「役割を果たす」という捉え方だと思っている。 ■ 実例:ダンジョン内での判断 未探索の部屋に斥候が潜入する場面を想像してほしい。この時、戦士PLが宣言する。 PL 「俺のPCは盾役(タンク)だから、斥候が危険に遭ったら庇える様に、 すぐ後ろに位置取っておきます」 これこそが、本来のRPであろうと思う。 RPとは、そのキャラとして考えて、やるべき役割を果たす行動の事だからだ。 なりきりでも何でもない普通のPL発言でも、上記の様にRPはきちんと成立するものだ。 ではRPの放棄とは何か? タンクPC「部屋の中は危険かもしれんな、俺は外で待ってるぜ!」 仲間を守るべき盾役が、役割を放棄して自己保身に走る。これがRPの放棄だ。 PC発言だからRPなのではない。PC発言でもRPの放棄は普通に起こる。 そしてPLの選択した行動の結果は、そのままPLが受け取るのが古典型。 このセッションでは、室内に潜んでいた伏兵の奇襲によって、 後衛の斥候や魔法使いが直接大打撃を受け、パーティは壊滅し、攻略失敗となった。 RPとは「喋り方」や「キャラ口調」の事だけではない。 その立場になり、役割を果たす為に、どんな行動を取るべきか考え実行する、という事だ。 ここら辺、古典型の「状況を把握して、どう動くべきかを考える」 というシミュレーション要素が非常に大きい。 ■ RPは“演技”ではなく“行動選択”だった 現在の感覚だと、RPは「なりきり」や「演技」として捉えられがちだ。 現代型の人たち自身が「おままごと」と呼称している事からもそれが伺える。 しかし本来の比重はそこではない。重要だったのは、前述したように、 そのキャラクターならどう動くか、その役割ならどう判断するか、その状況ならどう行動するか これを常に考え、合理的な選択をするという部分だった。 つまりRPとは、セリフを作ることではなく、行動を決める事に近かった。 ■ RPがストーリーを作っていく 本来のRPは、単なる雰囲気づくりではなく、それ自体がゲーム進行に直結していた。 例えば、交渉する、説得する、依頼を受ける、敵と同盟する 全てRPの結果として発生し、そのまま世界の状態を変える。 つまりRPは、世界を動かすための手段、世界への介入手段だった。 現在のTRPGでは、ストーリーが先に存在し、その流れに沿ってRPを行うのが一般的だ。 大体において、RPはフレーバー程度であり、ストーリーには影響を及ぼさない。 しかし昔はまったくの逆で、RPの積み重ねの結果として物語が生まれた。 RPが、世界を形作っていった。 決まったストーリーをなぞるのではなく、PCの判断と行動がそのまま物語になる。 だから本来は、同じシナリオでも、卓ごとに全く違う展開になるのが普通だった。 現代型を見ていて違和感を感じる一つが、 同じシナリオを遊んだというだけで、感想が一致する事だ。 別GM、別PLでプレイしたにもかかわらず、感想を共有出来るというのは、 古典型から見ると、とても不思議だ。とはいえ今はRPの話なのでこの件は次回以降に。 ■ RPの意味が変わっていく中で起きていること 現在の「RP」という言葉の意味はかなり広がっている。 例えば、キャラクター同士の雑談や、感情表現や掛け合い(いわゆるエモ) こうしたものもRPとして扱われることが多い。 茶番とも呼称される事がある。定義が色々ある広い言葉だが、 「物語と関係ないなりきりおままごとを延々と続ける事」を指す事が一般的に多い様だ。 実際「茶番RP」が好きです、とプロフで言ってるPLも見かける。 古典型にもあったが、それが一層広がったわけだ。 時代と共に多様化して生まれた楽しみ方なのだろう。それはそれで有って良いと思う。 ただしそのせいで「役割を果たすための行動」という側面は弱くなってしまった。 結果、本来の意味は知らないまま、TRPGを遊ぶ人が多くなった様に見える。 そして、同じRPという言葉でも、指している内容が人によって違う状態になっている。 ■ 「RP=なりきり・・・だけではない」という違和感 最近、オンセンだけではなく、ディスコードなど他のコミュニティにもたくさん参加し、 ネット上の色んなブログをあちこち読み漁ったりしていて、 同様の趣旨のブログを見かける事が度々あった。短く要約すると以下だ。 「RPとはキャラクターになりきって話す事だ。 他にも意味があるのかもしれないが・・・」 こういうのを読むと非常に象徴的だと感じる。 現代型のPLで、ブログでTRPGについて色々語っている人は最近多い。 そして「RPとは?」についても語っている人は多い。 基本的には、RP=なりきりおままごと、だと思っている。 しかし、一方で違和感も感じている。「それだけじゃないのでは?」と思っている。 でも、それが何かは分からない。言語化できない。というわけだ。 古典型の経験もなければ知識もない、遊び方や定義の変化も知らない。 分からなくて当然だ。だからトラブルも起こる。 でも、その一方で、セッション経験を経て、なんとなくそれだけでは無いという感覚を持つに至る。 そういう感覚を持ってくれるというのは、もしかしたら古典要素のあるセッションを 経験した結果なのかもしれない。そう思うと少し嬉しい。希望が持てる。 ただ、それ以上には、なかなか認識が進まないのは残念でもある。 彼らは理解不足なのではなく、遊び方の歴史的変化を知らないだけだ。 「間違っている」のではなく「見えている範囲が部分的である」状態だ。 こんな人にこそ、なりきりはRPの一要素ではあるがメインではない事を知って貰いたいと思う。 ■ RPという言葉が抱えているズレ 同じ「RP」という単語でも、実際には複数の意味が混在している。 役割を果たす行動、キャラクターになりきる表現、物語を演出する行為 これらが同じ言葉で呼ばれているため、認識がすれ違いやすい。 遊び方の違いが、そのまま言葉の意味の違いになっている様だ。 ■ まとめ RPとは本来、PCを演じる芝居そのものではなく、役割を果たす為の判断と行動だった。 その結果として世界が動き、物語が生まれていた。 現在は、時代の流れと共に、その比重が変化し、新たな楽しみ方が生まれ、 RPはより負荷が軽く、より演出寄りの概念として扱われる様になっている。 どちらが正しいという話ではないが、同じ言葉を使っていても、実は定義が違う。 その点だけは意識しておいた方が、余計なすれ違いは減るのではないかと思う。 つづく
![]() | システム⇒寿 |
| 2026/06/10 19:01 [web全体で公開] |
システムからのお知らせ コミュニティ「テキセクトゥルフをし隊!」の参加が承認されました。
| りこ⭐⇒寿 | |
| 2026/06/07 13:39 [web全体で公開] |
寿さん、はじめまして。 コメントありがとうございます。 「冒険をするために生み出した自分の分身」 という捉え方、なるほどと思いました。 たしかに、自分自身を「うちの子」とは呼ばない、 という感覚はとてもわかりやすいです。 一方で、PCを自分の創作キャラクターや作品として大切に思う方がいる、 というのも自然なことだと思いますし、どちらが正しいというより、 キャラクターとの距離感の違いなのかなと感じました。 「自分の分身として見る人と、自分の作品として見る人では、 キャラクターの危険や失敗に対する受け止め方が違う」 というところは具体的にどう違ってくるのか、 わたしの中ではうまくイメージできていないところです。 わたしの感覚としては、 PCを「自分の分身」と呼べるほど自分そのものとも思っていなくて、 でも「うちの子」と呼ぶほど守ってあげる存在とも少し違っていて、 やっぱりその物語の世界に住む「(自分とは異なる)登場人物」のひとり。 たぶん、わたしにとってのキャラクターとの距離感は、 今のところそんな感じなのだと思います。 「自分はこうだけど、あの人は違う感覚なんだな」 と知っておくことが大切、というお話、とても参考になりました。 ありがとうございました。
| 寿⇒りこ⭐ | |
| 2026/06/07 12:07 [web全体で公開] |
初めまして。寿と申します。 本来のTRPGのPCは、 冒険をするために生み出した自分の分身というべき存在ですね。 なので、自分自身を「うちの子」とは呼ばないのと同じで、 PCについてもあまりそういう感覚はありません。 一方で、時代とともに遊び方が多様化して、 近年は自分の創作キャラクター、創作作品として愛着を持ち、 「うちの子」と呼ぶ方も多くなりました。 それ自体は問題ないんですが、 この価値観の違いが、時々トラブルの原因になることもあります。 例えば、自分の分身として見る人と、自分の作品として見る人では、 キャラクターの危険や失敗に対する受け止め方が違うことがあります。 だからこそ「自分はこうだけど、あの人は違う感覚なんだな」 と知っておくことは大切だと思います。 「その世界で生きる一人の人物として見ている」という感覚は、 とても自然な、本来のTRPGの楽しみ方だと感じました。
| COBRA⇒寿 | |
| 2026/06/06 17:12 [web全体で公開] |
>>PCが世界や歴史を構築していく >最初期ならではの楽しみですね。私もその時代を経験してみたかった。 これからでも可能ですよ! ヴァンがナイツダークテラーCPに時間を超えて参加してノウンワールド側で成長することも https://trpgsession.com/sp/community/commu147836176520/thre150326541216/ ブラックムーアで領地運営するとかも可能です。
| 寿 | |
| 2026/06/04 21:39 [web全体で公開] |
🤔 TRPGとは何か?その3「本来のGMの役割は何だったのか?」 (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)前回は、昔ながらのTRPGがどんな遊びだったのかを書いた。 プレイヤーが状況を分析し、自分で考え、自分で判断しながら未知の世界を攻略する。 そんな「冒険シミュレーション」としての側面が強かったという話だ。 では、その時代のGMは何をしていたのだろうか? もちろん、一概には言えないのだが、 あくまで私の知る範囲で、昔ながらのGMがどんな役割だったのかを、 分かりやすく書いてみたい。 その前に一つだけ。 私は昔ながらの遊び方が好きだが、「昔の方が正しい」と言いたいわけではない。 最近はスタイルの違いによるすれ違いをよく見かける。 原因の一つは、プレイスタイルの差異を知らない事ではないかと思っている。 だからこれは「本来こういう遊び方もあったんだよ」 という話として読んでもらえれば幸いだ。 * 最近のTRPGだと、GMはシナリオの進行役というイメージが強い。 導入を行い、情報を出し、時には答えを出し、シーンを切り替え、 クライマックスへ誘導し、エンディングまで運ぶ。 SEやBGM、NPCやモンスターの立ち絵や背景も用意する。 いわば参加者を楽しませるアトラクションのプロデューサーであり、 ドラマの脚本家兼演出家のような立場だ。 だが、昔ながらのTRPGでは少し違った。 本来のGMは、脚本家でも演出家でもない。 前回もちょっと触れたが、世界の管理者であり、審判役だった。 * ■ 本来のTRPGでは、GMは結末を知らない 現代のシナリオでは、 「事件が起きる」→「調査する」→「犯人が判明する」→「最終決戦」 という流れが最初から決まっていて、事前に用意されている事が多い。 もちろん途中の選択肢があったりもするが、大枠の流れはすでに存在する。 一方、昔ながらのTRPGでは、GM自身も結末が分からないのが普通だった。 なぜなら、プレイヤーが何をするか分からないからだ。 敵の本拠地へ向かうかと思ったら、街に戻るかもしれない。 依頼を断るかもしれない。敵と交渉するかもしれない。村に住み着くかもしれない。 だからGMの仕事は、「物語を朗読して進める事」ではなく、 「その行動なら世界で何が起きるか」を公平に判断してPLに返す事だった。 * ■ 本来のTRPGでは、GMはストーリーを作るのではなく世界を作る。 例えば、漁村があるとする。現代型のシナリオなら、 村長が依頼を出す→事件の被害者がいる→手掛かりがある→村人が情報を話す →犯人がいる といったストーリーが、あらかじめ用意される。 現代型のセッションに必要なのは、そのシナリオに関係する部分だけだ。 必要部分を中心に作られ、それ以外は詳細に決められていない事も多い。 だから古典型のPLが現代型卓に迷い込んで、自由に動き回ろうとするとトラぶる。 自由に行動し宣言するPLに対応できずにGMがパニック起こしたり、 黙り込んでしまったり、卓の雰囲気を壊したり。 私にも前科がある。現代型を知らなかったから。(あの時はごめんね) 先ほど、現代型のGMはドラマの演出家と例えたが、 シナリオ作成を例えるなら、現代型は、舞台のセットに近い。 シナリオで使う部分は細かく作り込まれているが、使わない部分は省略される事も多い。 舞台上の場面の絵が描いてあるが、裏に回ればただの板であるカキワリのようなものだ。 しかし昔ながらのGMは違う。ストーリーを決めるのではなく設定を決める。 カキワリ一枚だけではなく、舞台の裏側にも、GMが設定した世界が広がっている。 PLが裏へ回ろうと思った時に困らないようにするためだ。 * この漁村は・・・ 人口は100人、うち漁師は35人。村長は老年の男性。 神殿や司祭はいないが、老齢の女性薬師が一人。宿屋はない。 街道から半日歩いたところにある。村民は、ほとんど村の外には出ない。 沿岸漁業で生計を立てていて、一日の平均水揚げ量は500kg。 水揚げ作業運搬用にロバが一頭だけ飼われている。管理は村長。 日持ちするように、水揚げした後は、村内で加工する。 村内に、燻製小屋、干物小屋、塩漬け小屋などがある。 週に一度、国から徴税官に任命されている商人が出入りして、 魚を買い上げる。うち4割は税として物納。 保有漁船は12隻。うち1隻は空いているので貸出可能。 小屋も一つ空き小屋があり貸出可能。 保存食(干物)、日用雑貨などは調達可能。 漁船は、漁火漁用の船で、2人から4人で乗船する。全幅2m、全長8m。 漁網や船倉などのスペースもあり、移動するだけなら10人でも乗船可能。 ・・・と、こんな感じで、設定を考える。 上記は、ちょうど今やっているセッションで私が考えた設定の一部。 なんでこんな事をするかと言えば、プレイヤーが何を始めるか分からないからだ。 事件を調べるかもしれない。船を借りるかもしれない。漁師を雇うかもしれない。 村に移住するかもしれない。村長と喧嘩して村を乗っ取ろうとするかもしれない。 ロープが欲しいと言われればいくらでもあるけど、 網が欲しいと言われても、それは漁師の命だ、貸せないぞ。 だからGMは、まず箱庭世界を作る。 シナリオはこういう設定の積み重ねでできるものだった。 一本道のストーリーだけではなかった。 * ■ 使われない設定だらけ そして面白い事に、そうやって作った設定の大半は実は使われないという現実。 人口百人の村を作っても、プレイヤーが知るのは村長だけかもしれない。 近隣領主との政治関係を考えても、一度も話題にならないかもしれない。 漁船が何隻ある設定を作っても、誰も船に興味を持たないかもしれない。 この設定をPLが知る必要はないし、知らなくても攻略に支障はない。 というか極論、この村に来るかどうかもPLの自由で、訪問しないかもしれない。 今の感覚だと「じゃあ作る意味ないじゃん」と思うかもしれない。 でも、きちんと決められた設定があるから、 プレイヤーが予想外の行動をした時にも対応できる。 世界が実在している感覚を維持できる。世界に没入できる。それが大事だった。 アドリブというのは、こういう設定が出来ているからこそ、 どんなに外れた行動をしても適切に対応できるという事だ。 * ■ GMは、ご都合主義でプレイヤーを助けない これも今との大きな違いかもしれない。 昔ながらのGMは、基本的にプレイヤーを露骨に正解へ誘導しない。 PLの油断で情報を見落としたなら見落としたまま。 無警戒で、危険を察知できなかったなら、その結果を受ける。 もちろん意地悪をするわけではない。ただ、公平であろうとする。 プレイヤーに都合よく強引に正解に誘導したり、世界を書き換えない。 失敗したなら失敗。成功したなら成功。それだけだった。 だから、GMは脚本家や演出家である前に、公平な審判だった。 ただ誤解の無いように断っておくけど、ゲームの目的は皆が楽しむ事なのは同じ。 ゆえに、GMがさじ加減に気を配っていたのは昔も同じ。 見落としたなら、さりげなくヒントを出したり、 むしろ今よりもずっと心を砕いていたと思う。 なぜならシビアだからこそ、 気を付けないと予期せぬピンチで簡単に全滅してしまうからだ。 ストーリーが決まっている現代型なら、 逆にそこまでの絶妙なさじ加減の苦労は必要ないだろう。 * ■ だから本来のGMの役割は楽ではない よく、GMなんて誰でもできると公式などが言ってるけど、あれは建前。 そう言わないと商売にならないものな。 でも現代型のGMは割とそれに近くなった。 誰でもできるように負荷を軽くして効率化されるよう進化をしたから。 誰でも出来るというのは、非常に良い進化だと思う。 古典型の場合は、実際GMをやるためには、 それなりの熟練度が必要で、難易度はかなり高かったと思う。 シナリオを作るたびに、世界設定を作り、村設定を作り、街設定を作り、 ダンジョンを作る。 各組織の勢力図や抱えている問題などの設定も作る。 NPCの状況、目的、背景を考える。 時間経過で何が起きるか考える。プレイヤーが何をやっても対応できるよう準備する。 だから決して楽ではない。今より大変だった部分も多い。 もっとも、仲間内でわいわい遊ぶのなら、例えグダグダになっても、 それもまた楽しいはずなのだけれど。 そういう意味では誰でもGMが出来るのも間違いではない。 * ■ 最後に こうして見ると、昔ながらのGMの仕事の一番は、 物語を語る事ではなく、「世界を成立させる事」だったと言える。 プレイヤーがどこへ行こうが、何をしようが、その世界が自然に反応できるよう準備する。 だから必要だったのは脚本術や演出力よりも、 設定構築力や裁定能力、そしてアドリブ力だった。 ここまで書くと、昔ながらのTRPGが 厳格で息苦しい高難易度ゲームに見えるかもしれない。 でも実際は少し違う。 結局のところ、TRPGは皆で集まって、お菓子や飲み物をつまみながら、 「それ危なくない?」「いや、こうしたらいけるんじゃない?」 「GM、それ分かりにくいよ!」「もっとヒントないの?」「それは甘えだろw」 みたいに、あーだこーだ掛け合いしながら遊ぶゲームだった。 分からなければ質問していいし、GMと交渉したっていい。 PL発言禁止なんて縛りはなかった。 むしろ、そういうやり取りこそ、セッションの最も大事な要素だった。 そう考えるとむしろ、「キャラになりきって話して」「pl発言禁止」「メタ発言禁止」 「メインタブではRPしてください」などなど縛りが多い現代型の方が、 よっぽど厳格でとっつきにくい要素があるとも言えるかもしれない。 だから昔ながらのTRPGは、黙って正解を探すゲームではない。 戦術シミュレーション要素が強くても、脳内だけで思考するゲームではない。 遠慮せず質問して、提案して、相談して、遠慮せず世界に働きかける。 そうやってGMとPL全員で世界を作り、物語を作っていく遊びだった。 もちろん意見が割れる事もある。そんな時は最終的にGMが裁定し、皆はそれに従う。 それがゴールデンルールだ。 だからGMは審判役でもあるのだけれど、基本は対立するためではない。 プレイヤー達が同じ世界を共有し、その世界が自然に動き続けるよう管理する。 そして、その中で起きた出来事の積み重ねとしてオンリーワンの物語が生まれる。 昔ながらのGMとは、そんな役割だったのだと思う。 つづく。
| 寿⇒COBRA | |
| 2026/06/04 20:47 [web全体で公開] |
コメントありがとうございます。 確かに武術とスポーツの違いという例えは分かりやすいですね。 PCの成功が保証されていないからこそ、戦術や準備そのものが遊びになる、という部分はあると思います。 >PCが世界や歴史を構築していく 最初期ならではの楽しみですね。私もその時代を経験してみたかった。
| COBRA⇒寿 | |
| 2026/06/01 21:58 [web全体で公開] |
> 日記: TRPGとは何か?その2「本来は、なんだったのか?」 ”「スクール」は「流派」「やり方」という意味” との文面を拝見しながら武術に通じる感も確かにあるのかも~、と思いました。 金的OKやサミング前提とかではスポーツは成立しっこないですけど、リアル護身と格闘技は別物ですし。 「PC達の物語的な成功がシナリオで確約されてるヤラセゴッコ遊びではない」からこそ、 古流の方が「ガチ」な分、戦術やリリース管理、経営などの実践シミュレーション的なものはPLも研ぎ澄まされるというか。 おふざけしてるのに成功だけはしたいPLとかだと古流RPGは上手くいかなくて疲弊しちゃう人もいるようですが。 嗜好以上に、いざって時に「その人が出来る出来ない」は厳しいですからね。 飛車角を落としてもらっての舐めプ将棋でのさしたツモリが楽しい人もいるのかは私は知りませんが。 また箱庭にしてもSLGからRPGに変わった黎明期には売ってる側すらも 「世界観?そんなのはDMが作って、PC達の活躍や失敗で形作られていくものだろ! え?商用ニーズあんの?マジで!?じゃあ売ろう!」みたいな感じで、ブラックムーアやグレイホークがソースブックとして提供販売されていく流れでしたし、 私は卓メンバーのPCが世界や歴史を構築していく感がOSRは楽しいです。 なので後発で公式年表だのが出てくると邪魔でしかたないんですよねw
| 寿⇒セス・メイソン(CoC7PC名) | |
| 2026/06/01 20:30 [web全体で公開] |
コメントありがとうございます。 確かに昔みたいに「10フィート棒で床を突く」「扉を聞き耳する」 を毎回細かくやると、今の卓ではテンポの問題もありますね。 箱庭型が減った理由もおっしゃる通りかもしれませんね。 世界を動かし続けるより、シナリオを管理した方が圧倒的にGM負担は軽くなりますし。 その結果として「攻略する遊び」から「体験する遊び」へ重心が移ったのかな、と最近考えています。
| セス・メイソン(CoC7PC名)⇒寿 | |
| 2026/06/01 16:37 [web全体で公開] |
> 日記: TRPGとは何か?その2「本来は、なんだったのか?」 コメント失礼します。 固有名詞は存じ上げませんが私はオールド スクール大好きな方です。小説的表現を得られるので文章の学習にもなります。 昔は静的な表現が多く、一歩進む内に異常が無いか検知図ったりしましたが最近は流石に遅延行為になりそうなので、卓主催者の提示の範囲内で想像してます。 逆に動的な表現、数秒間の攻防への表現が増えた印象です。 各地に旅する漫遊記系からダンジョン探索系への変遷で徐々にやり取り変わってきた気がします。 前者は文化的なすれ違い、後者は攻略ギミックが趣旨で、 後者の方がシナリオとして用意しやすいのも箱庭型世界が減ってきた要因なんですかねぇ、知らんけど。
| 寿 | |
| 2026/05/28 23:45 [web全体で公開] |
🤔 TRPGとは何か?その2「本来は、なんだったのか?」 (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)前回、コンピュータRPGの話を書いた。 昔はプレイヤー自身が未知を攻略するゲームでTRPGもかなり近い構造をしていた。 今までコツコツ調べたり体験したりした事を、一度整理してみる。 最近は「TRPG=キャラクターになりきって物語を楽しむ遊び」というイメージがかなり強い。 もちろん、それもTRPGの一つの形ではある。でも本来のTRPGは違っていた。 今で言う「オールドスクール」。「古い学校」が舞台の学園系TRPG・・・という意味ではないw 海外由来なので分かりにくいが、「スクール」は「流派」「やり方」という意味。 「オールドスクール」とは、単純に「昔ながらのやり方」という事。 では、その「昔ながらのTRPG」とは何だったのか? ざっくり言うと、プレイヤーが自分の想像力を使って箱庭世界へ没入し、 冒険者として未知の状況を、自分の判断で突破していく遊びだった。 * ※ 箱庭世界とは?(箱庭型、サンドボックス) 昔のTRPG世界は、今みたいに「プレイヤーのために都合よく進行する舞台」ではなかった。 NPCも、必要情報だけ喋る便利な舞台装置ではなかった。 街には街の事情があり、敵には敵の目的があり、登場人物には背景が設定されている。 プレイヤーが動かなくても世界は存在し続けるし、都合よく時間停止して待ってくれたりもしない。 だからこそ「ここは危険そうだ」「補給なしでは進めない」みたいな臨場感が生まれる。 箱庭型では、まず世界そのものが存在し、物語はプレイヤー行動の結果として後から発生する。 つまり、最初から決められたドラマを辿るのではなく、 プレイヤーが世界へ働きかけた結果として物語が生まれる構造だった。 当然、GMの役割も今とはかなり違う。 本来のGMは、脚本家でも演出家でもなく、世界を管理し裁定する審判役だ。 GMの役目は、世界の状況を提示し、プレイヤー行動の結果を公平に処理する事。 プレイヤーを決められた展開へ誘導するのではなく、 「その行動なら、この世界では何が起きるか?」を判断する。 だからGMも結末を知らない。PLの行動の積み重ねで物語が出来る、それがTRPGだった。 * そもそもTRPGは、ウォーゲーム文化から派生しているので 元々、戦術・情報収集・危険回避といった作戦シミュレーションの要素が強かった。 重要なのは、決められた物語を体験する事ではなく「この世界でどう生き残るか?」を考える事。 つまりシナリオ消費ではなく、プレイヤー自身が世界へ能動的に働きかける遊びだった。 だから昔のTRPGでは、キャラクターシート以上に、プレイヤー自身の発想と工夫が重要になる。 例えばダンジョン探索。 GMは「薄暗い石造りの通路が北へ伸びている」程度しか説明しない。 そこでPLは考える。 「壁は湿ってる?」「風は来てる?」「床に足跡は?」「天井の高さは?」「先は何mくらい見える?」 みたいなのを、GMから指示される事なく、自発的に質問したり宣言していく。 つまり「技能で判定でおしまい」ではなく、 “どう調べるか”“どう安全確認するか”“どう突破するか”を考えるゲームだった。 戦闘も同じ。正面から殴り合うだけではない。待ち伏せ、交渉、撤退、地形利用、分断、奇襲。 仲間と相談し、状況を分析し「どう戦えば有利か?」を考える。 だからプレイヤーの知恵や注意力が非常に重要だった。 例えば「この通路、不自然に静かじゃないか?」「部屋の形と外周が合わない」 みたいな違和感に気づけるかどうか。 あるいは「扉の前に立たない」「宝箱を開ける前に周囲を見る」「退路を確保してから戦う」 みたいな慎重さ。 “なりきり”ではない。“状況分析、危機管理、探索シミュレーション”に近かった。 だから「能力値が高いから正解が出る」わけではない。 プレイヤーが正しい発想をしなければ普通に死ぬ。 いくら戦士が強くても、不用意に扉を開ければ毒ガスで全滅する。 いくら盗賊技能が高くても、「調べる」という発想が無ければ落とし穴に落ちる。 つまり「ルルブに書かれた行動を選ぶゲーム」ではなく 「状況に対して自分で解決策を考えるゲーム」だった。 TRPGの原型がウォーゲームなのだから、ある意味当然でもある。 敵戦力は?退路は?補給は?伏兵は?どこで戦う? 限られた情報から状況を推測し、判断し、行動を決める。 その延長線上に、「では個人単位で冒険してみよう」という発想が生まれ、TRPGへ繋がっていった。 だから初期TRPGでは、“攻略”の比重が非常に大きい。 今の感覚だと「キャラクター感情」「物語演出」が中心に見えるかもしれない。 でも昔は、まず先に「この危機を突破できるのか?」「生きて帰れるのか?」が重要だった。 だから、松明の本数を数える。食料を管理する。ロープを持つ。扉に釘を打つ。逃走経路を確保する。 こういう行動が地味に重要だった。 「この準備で大丈夫か?」「奥へ進むべきか?」「撤退するべきでは?」「どういう作戦で行く?」 皆で相談し、推測し、決断し、手順を考え、段取りを組み、生還する。そこに達成感があった。 ・・・のだけど。 現代型TRPGは、この“攻略”部分をかなり整理・簡略化する方向へ進化した。 探索は判定で進む。情報は自動で出てくる。詰まればGMが誘導する。 その代わり、キャラクター感情や演出、物語体験が重視される。 実際「TRPGとは大人のおままごと」と表現する現代型プレイヤーもかなり多い。 古典型から見ると「???」としっくりこないのだけど、別に悪い進化ではない。 そもそもTRPGに限らず、あらゆる遊びは時代とともに最適化・効率化される。 リメイク版ドラクエが非常に快適になったように、現代型TRPGも、合理化されたとも言える。 ただ、その結果、昔のTRPGとは「何を遊ぶゲームなのか?」という 定義そのものが変化してしまった。 だから、古典型の感覚を持つ人と、現代型の感覚を持つ人では、 同じ「TRPG」という言葉を使っていても、実は見ているものがかなり違う。 極端に言えば、別文化、別競技、別ゲームに近い。 にも拘わらず、同じTRPG同じシステムに、別の価値観が混在していて 当人達も、自分がどの文化圏の遊びをしているか、意外と自覚していない。 だから同じシステムでも、悪気なく異文化衝突の対人トラブルが起きる。 「ちゃんと探索したい人」と、「物語を楽しみたい人」が、 お互いに「なんでそういう遊び方をするの?」となってしまう。困ったもんだよね。 つづく。
| 寿⇒COBRA | |
| 2026/05/25 20:30 [web全体で公開] |
世界最初期のTRPGシステムですから、 D&Dも本来は、PL側の判断や発見を楽しむシステムなんですよね~。 今回いろいろ体験できて興味深かったです。 ありがとうございましたー。
| COBRA⇒寿 | |
| 2026/05/25 18:39 [web全体で公開] |
> 日記:TRPGとは何か?その1「コンピュータRPGの今昔」 先だってのCD&Dテキセで「体感」頂けた面もあったかと思いますが、 PC成長やレベルアップとPLの慣れが連動している事もOSRは大きかった様に思います。 勿論、1レベルPCを使いながら機転を利かせるPL行動宣言も反映できますし、 一方でハクスラでただ火力を上げるだけ「PL」はいつまでたってもそのままなので、リドルで詰む事が多いです。 パワープレイにものいわせる無謀を面白いと感じる人も、危機管理&危険回避の工夫を楽しむ人もいますので、D&D5版でのセッションゼロのように「事前ニーズすり合わせ」をしておくことが皆で楽しむには重要に思います。 まあ下手の横好きがあるのも事実で頭脳プレイしたいと思ってもPLのWisが追い付かなければ…。 天才キャラを演じる俺TUEEEごっこ遊びシステム程、ランダマイザ排除したがる傾向です。 でもだったら機械相手に一人遊びチートするなり、小説や映画の主人公活躍を見て脳内補間してればいい筈。 それを多人数でのナラティブ娯楽に持ち込むのは正直なんだかなと私は思います。 約40年遊んで思い出深いのはランダム結果で「こんなことおきるのかよ!www」的な奇跡の方ですしw
| 寿⇒セス・メイソン(CoC7PC名) | |
| 2026/05/25 08:28 [web全体で公開] |
こんにちは、コメントどうもです。 たしかに昔は、行間や不便さを自分の想像力で補完して遊ぶ部分が大きかったですよね。 だからバグや違和感すら「なんだこれw」でネタになったり(笑) 今は完成度や快適さが凄く上がった反面、プレイヤー側が想像力で補う余地は減ったのかもしれませんね。 不便だったけど、あの「自分で世界を解読していた感覚」は独特だったなあと改めて思います。
| セス・メイソン(CoC7PC名)⇒寿 | |
| 2026/05/25 07:39 [web全体で公開] |
> 日記:TRPGとは何か?その1「コンピュータRPGの今昔」 コメント失礼します。 昔のゲームは動線が悪くて総当たりして各地の同じセリフを聞いて回りいい意味で挑戦者の感覚でしたが、 今のゲームは話し相手を目立たせるし、関係ない人のセリフも変わったりアミューズメント精神豊富で楽しみ方が変わってきた気がします。 昔は行間を見いだして4コマ漫画や想像の延長で別視点作品など「知ればもっと楽しい」時代でした。 違和感やバグもネタにされてたり。 今は完成度や見目がいい分、セリフやポーズをスクショとって「ここがいい!」と熱が入ったり、バグは即クレーム入れたり、ハイレベルな反面お茶目なゲームがだいぶ減った気がします。 ウィザードリィのような苦行は今はインディーゲームにそのお株が移ってはいますので、TRPGも同様、娯楽重視か挑戦重視か、その二面性に目を向けて楽しみたいです。
| 寿 | |
| 2026/05/24 21:38 [web全体で公開] |
🤔 TRPGとは何か?その1「コンピュータRPGの今昔」 (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)最近、リメイク版のドラゴンクエスト2を遊んでいる。驚くほど遊びやすい。楽しい。 次の目的地は地図に表示されるし、敵の弱点も自動で出る。 戦闘はボタン一つでAIが勝手に進めてくれる。 昔みたいに「この敵にはメラが効くのか?」「誰が回復する?」 「守備力を上げるべきか?」などを毎回、細かく戦術を考えなくてもよい。 正直、とても楽で面白いし快適だ。 子供のころは、ゲームに何時間でも使えた。でも今は違う。 仕事や生活の合間に遊ぶので、快適さは本当にありがたい。 短時間でもサクサク進められる今のRPGは、今の自分にちょうど合っていると思う。 けれど、遊んでいるうちに、昔のRPGを思い出した。 特にウィザードリーだ。 あの時代のゲームは、今とはまったく違っていた。 まず、何も教えてくれない。 次にどこへ行けばいいのかも、自分で考える。敵の弱点も試しながら探す。 戦闘では「誰が何をするか」を一人ずつ決めなければならない。しかも一歩間違えれば全滅する。 そして何より特徴的だったのが、ダンジョンのマッピング。 ウィザードリィのPC版には、箱の中に方眼紙が入っていた。 つまり「自分で地図を書け」ということだ。 プレイヤーは鉛筆を持ち、一歩進むたびに線を書き込んでいく。 壁、扉、通路を少しずつ記録しながら、迷宮の全体像を探っていくのである。 だが、迷宮はそんな簡単には攻略させてくれない。歩いているうちに、突然地図が合わなくなる。 「なんで?おかしい」 「この壁はさっき反対側にあったはずだ」 「なぜか壁の中に入り込んでいる」 最初は自分が地図を書き間違えたのだと思う。 消しゴムで消して、また書き直す。それでもやはり辻褄が合わない。 そして何度も試行錯誤した末に、ようやく気づく。 「・・・ここが回転床のトラップになっているんだ」 床を踏んだ瞬間、キャラクターの向きだけがランダムに変わっていたのである。 しかしゲームは、そんなことを一切教えてくれない。 ヒントもない。説明もない。自分で異常に気づき、自分で法則を見つけるしかない。 今思えば、あれは単にゲームを遊んでいたのではなく、 未知の迷宮を、本当に調査していた感覚。本当の冒険。 だからこそ、発見した時の興奮は凄かった。 「ああ、そういうことだったのか!」 と理解した瞬間、自分が迷宮の秘密を解き明かした気分になった。 現代のゲームは、とても親切だ。迷わないし、詰まりにくい。 快適で、遊びやすい。それは間違いなく良い進化だと思う。 しかし一方で、昔のゲームには、「自分で世界を攻略している感覚」が確かにあった。 地図を書き、間違え、考え、また修正する。 誰も答えを教えてくれない中で、少しずつ迷宮の構造を理解していく。 あの苦労は大変だった。でも、だからこそ面白かった。 今でも、人生でもっとも熱狂したゲームは何かと聞かれたら、 おそらくウィザードリィを挙げるかもしれない。 TRPGも同じだと思う。昔のTRPGも、かなり「ウィザードリィ的」だった。 つまり、ゲーム側が全部を整理してくれない。 プレイヤー自身が、状況を把握し、情報を整理し、地図を書き、危険を予測し、 行動を宣言し、試行錯誤しながら進む必要があった。 たとえばダンジョン探索では、 「北へ10m進む」 「扉を調べる」 「床を槍で突いてみる」 「通路の幅を確認する」 「角から鏡を出して覗く」 みたいな行動を、一つずつPL自身が自分で考えて宣言して積み重ねていく。 GMも「では探索判定します」と便利処理で全部まとめたりしない。 今みたいに、まるで呪文のように「野営します」と唱えれば、自動で朝になるような進行はしない。 全てにおいて、PLが手順と段取りを考えてGMに提示しなければならない。 プレイヤー側が「どうやって探索するのか」を考える、思考ゲーム、知的ゲームだった。 だから、昔のTRPGは、キャラクターではなく、 “プレイヤー本人が迷宮を攻略する”感覚が強かった。 一方、現代寄りのTRPGは、シナリオ誘導、シーン制、情報保証、判定一発処理、 失敗しても巻き戻し可、演出重視、キャラクター感情重視の方向へ進んだ。 これはコンピュータRPGの変化とかなり似ている。手軽で快適で楽しい。 つまり、 昔:攻略そのものを遊ぶ 今:物語や体験を快適に楽しむ へ重心が移った。 もちろん、どちらが正しいという話ではない。 現代型は、忙しい人でも参加しやすいし、詰まりにくいし、ドラマを楽しみやすい。 でも古典型には、「本当に未知の場所へ潜っている」感覚がある。 誰も正解を保証してくれない。 だから、 「この部屋おかしくないか?」 「この通路ループしてる?」 「今の音は何だ?」 みたいな、小さな違和感から推理が始まる。 そして、自分たちの判断で突破した時、強烈なカタルシスや達成感が生まれる。 だから昔のTRPGを語る人が、「冒険していた」と言うのは、かなり文字通りなんだと思う。
![]() | システム⇒寿 |
| 2026/05/23 01:06 [web全体で公開] |
システムからのお知らせ コミュニティ「🔰初心者PL/GM歓迎・SW2.5の杜」の参加が承認されました。
| 寿 | |
| 2026/05/19 18:45 [web全体で公開] |
🤔 ルルブをまとめ買いした。 つい最近、AFF2版と、sw2.5のルルブDXを買った。 中古でとても安く入手出来てラッキーだった。 ただしまだ読めてはいないw でも、いくつかコミュニティに入ってみた。 セッションに参加できるといいな。
| 寿⇒バルサミコ | |
| 2026/05/19 18:42 [web全体で公開] |
> 日記:平日昼卓に需要はあるのか もし時間帯に悩んでいるなら、時間を選ばない形式の、掲示板セッション、 いわゆる置きレスを試してみてはいかがでしょう? 私は参加したいですよ。
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| 2026/05/19 18:33 [web全体で公開] |
システムからのお知らせ コミュニティ「【SW2.5】限られた時間の中でTRPGを楽しむ会」の参加が承認されました。
![]() | システム⇒寿 |
| 2026/05/19 17:28 [web全体で公開] |
システムからのお知らせ コミュニティ「SW2.5を楽しく遊ぶ!(ソド楽) 🌸初心者応援イベント開催中[~5/31]🌸」の参加が承認されました。
![]() | システム⇒寿 |
| 2026/05/19 17:25 [web全体で公開] |
システムからのお知らせ コミュニティ「SW2.0/SW2.5 総合コミュニティ【9周年イベントありがとうございました!】」の参加が承認されました。
![]() | システム⇒寿 |
| 2026/05/19 17:22 [web全体で公開] |
システムからのお知らせ コミュニティ「アドバンスト・ファイティング・ファンタジー第2版で遊ぼう!!」の参加が承認されました。
| 寿⇒ミミ子 | |
| 2026/05/15 22:25 [web全体で公開] |
> 日記:うつ病でもセッションしていいのか こんにちは。趣味は大事ですよね。大いに楽しむべきです。 ただ、ジョギングや釣り、読書などの一人きりで自己完結できる趣味と違って、 他人との交流があるセッションの場合は、注意が必要ですね。 特にクトゥルフは玉石混交で、モラルに問題があるKPやPLもたくさんいます。 趣味を楽しもうと思ってセッションしたら変な人と当たって、ストレス貯めるとか逆効果ですし。 野良卓は注意が必要ですね。 気の合う人たちを見つけて固定メンバーで遊んでいくのがいいと思います。
| 寿⇒COBRA | |
| 2026/05/01 00:42 [web全体で公開] |
ご連絡ありがとうございます。友達申請も承認させていただきました。 内容確認しました。 キャラクター作成からということで、コミュの方に参加申請させていただきました。 クラスについては、初心者なので人間の戦士を第一候補で考えていますが、 バランスや現状のパーティ状況に合わせて調整も可能です。 今後ともよろしくお願いします。
![]() | システム⇒寿 |
| 2026/05/01 00:35 [web全体で公開] |
システムからのお知らせ コミュニティ「CD&Dギルド」の参加が承認されました。
| COBRA⇒寿 | |
| 2026/05/01 00:23 [web全体で公開] |
寿さん初めまして。ご連絡ありがとうございます。 CD&Dは元々D&D入門用に開発されたシステムです。現在は英語版PDFのみ流通のシステムですが、 https://www.drivethrurpg.com/en/product/116578/d-d-basic-set-player-s-manual-becmi-ed-basic?src=also_purchased 遊びながらでもルール把握が可能なようにできており非常に軽いシステムです。(5版で遊んでいる方が多々驚く位に。) ほぼPLはファンタジー世界の冒険者PCとして行動宣言をして、判定が必用な戦闘や呪文回避の時に20面ダイスを振って頂く感じがメインです。PCのゴブリンへの攻撃が当たったかとか、ドラゴンの炎をかわせたかとかの結果はGMが伝達します。 こないだ開始したばかりで現在進捗は砂漠にある廃屋を探索中で埃だらけの室内をウロウロしたり箪笥を開けたりしている感じです。 まずはキャラメイクが必用にて当方がギルマスを努めさせて頂いている *CD&Dギルド「CD&Dのキャラを作るスレ」参加条件: 管理者の承認が必要 https://trpgsession.com/sp/community/commu147836176520/thre147836307731/ にINして、どんなクラスを遊んでみたいかなどのご相談に乗らせて頂ければと思います。
| 寿⇒COBRA | |
| 2026/04/30 19:40 [web全体で公開] |
> 日記:Discoed置きセに興味ある方はいらっしゃいますか? はじめまして、寿と申します。募集を拝見しました。 Discoed置きセは私の都合と合うのでなるべく積極的に参加したいのですが、 クラシックD&Dは未経験でルールブックも所持していません。 それでも大丈夫でしょうか。
| 四睡⇒寿 | |
| 2026/01/09 00:47 [web全体で公開] |
> 日記:映画などを見た話 寿さんお久しぶりです~! 貸し切りの映画館で、スクリーンを独り占め、いいですねえ。 一度でいいから体験してみたいものです。面白い映画が倍楽しくなりそうです。
| 寿⇒四睡 | |
| 2026/01/04 22:42 [web全体で公開] |
> 日記:映画などを見た話 ご無沙汰です。私、「この動画は再生できませんTHEMOVIE」を映画館で観ましたよ。 一番遅い夜の上映回で、客が私一人だけでしたw 夜遅く、真っ暗闇の広い空間で、一人きりで見ると、格別でしたw
| 寿⇒ティズマ | |
| 2026/01/03 11:41 [web全体で公開] |
> 日記:探索者ってさ… ご無沙汰です。ティズマさんはご存じないかもしれませんが、 実はTRPGは大きく分けて二つの潮流がありまして。 Aは、PL主導型と私は言ってます。 クラシック、正統派、マルチシナリオ、箱庭型、ナラティブ、みたいに呼称されます。 こっちは、物語を作るのはPL。PLが自発的に行動し思考し工夫して遊ぶやり方です。 昔のTRPGであり、今は廃れてしまってこのやり方で遊べるのは少数しかいません。 Bは、GM主導型と私は言ってますが、 一本道、自動進行、吟遊、GMの朗読劇、ツアーガイド方式なんて言われてます。 こっちは、すでに出来上がっている一本道のストーリーを、 GMの指示に従って、皆でなぞって遊ぶ方式です。 今の主流派であり、オンセンにいるほとんどの方はこの方式で遊んでいます。 Aに慣れたPLが、Bの卓に迷いむと、 卓を盛り上げようと、一生懸命アイディアを出して、積極的に行動宣言してたら いつの間にか雰囲気が悪くなって、GMが黙ってしまって、 「GMに迷惑かけるのをやめよう」と注意され迷惑PLに認定されたという話があります。 一本道だから、PLが勝手に動くとGMは対応できません。 GMの朗読を黙って聞いて、GMの指示に従ってサイコロを振る、RPをする、それが今の主流です。 逆も悲劇が起きます。AのGMの卓にBのPLが迷い込んだら、 GMが何も教えてくれない、指示してくれない、選択肢を出してくれない。 何をすればいいか分からない、何ができるのか分からない、とパニックになります。 GMから見ると、この人たち全然何もしないな、自発的に動こうとしないなって見えます。 そう言う卓文化で育ったPLにとって、GMが描写している間は、黙って聞くのが礼儀なんです。 質問したり自発的に行動するのは、GMに迷惑をかける行為、悪い事であるという体験を積んでるわけです だからどっちかが悪かったのではくて、文化が違うんですね。 卓を主催するなら「PLは自発的に考えて質問して」と書いた方が良いと思います。 他の卓に行ってPLとしてクトゥルフに参加してみたら 色々な新鮮な体験ができると思うのでお勧めしますよ。これからもがんばってくださいね。
| らびおり(兎檻)⇒寿 | |
| 2025/12/30 13:11 [web全体で公開] |
寿さん、コメントありがとうございます! TRPGはとても楽しい遊びですが、対人の遊びであることもあり、それゆえの悩みが生まれることもありますよね~ チャッピーの回答がお役に立てるのでしたら、ぜひぜひご自由にどうぞです!





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