寿さんの日記 「TRPGとは何か?その3「本来のGMの役割は何だったのか?」」

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寿
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2026/06/04 21:39[web全体で公開]
🤔 TRPGとは何か?その3「本来のGMの役割は何だったのか?」
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)前回は、昔ながらのTRPGがどんな遊びだったのかを書いた。
プレイヤーが状況を分析し、自分で考え、自分で判断しながら未知の世界を攻略する。
そんな「冒険シミュレーション」としての側面が強かったという話だ。

では、その時代のGMは何をしていたのだろうか?

もちろん、一概には言えないのだが、
あくまで私の知る範囲で、昔ながらのGMがどんな役割だったのかを、分かりやすく書いてみたい。

その前に一つだけ。
私は昔ながらの遊び方が好きだが、「昔の方が正しい」と言いたいわけではない。

最近はスタイルの違いによるすれ違いをよく見かける。
原因の一つは、プレイスタイルの差異を知らない事ではないかと思っている。
だからこれは「本来こういう遊び方もあったんだよ」という話として読んでもらえれば幸いだ。

*

最近のTRPGだと、GMはシナリオの進行役というイメージが強い。

導入を行い、情報を出し、時には答えを出し、シーンを切り替え、クライマックスへ誘導し、
エンディングまで運ぶ。SEやBGM、NPCやモンスターの立ち絵も用意する。

いわば参加者を楽しませるアトラクションのプロデューサーであり、
ドラマの脚本家兼演出家のような立場だ。

だが、昔ながらのTRPGでは少し違った。
本来のGMは、脚本家でも演出家でもない。
前回もちょっと触れたが、世界の管理者であり、審判役だった。

*

■ 本来のTRPGでは、GMは結末を知らない

現代のシナリオでは、
「事件が起きる」→「調査する」→「犯人が判明する」→「最終決戦」
という流れが最初から決まっていて、事前に用意されている事が多い。

もちろん途中の選択肢があったりもするが、大枠の流れはすでに存在する。
一方、昔ながらのTRPGでは、GM自身も結末が分からないのが普通だった。

なぜなら、プレイヤーが何をするか分からないからだ。

敵の本拠地へ向かうかと思ったら、街に戻るかもしれない。
依頼を断るかもしれない。敵と交渉するかもしれない。村に住み着くかもしれない。

だからGMの仕事は、「物語を朗読して進める事」ではなく、
「その行動なら世界で何が起きるか」を公平に判断してPLに返す事だった。

*

■ 本来のTRPGでは、GMはストーリーを作るのではなく世界を作る。

例えば、漁村があるとする。現代型のシナリオなら、
村長が依頼を出す→事件の被害者がいる→手掛かりがある→村人が情報を話す→犯人がいる
といったストーリーが、あらかじめ用意される。

現代型のセッションに必要なのは、そのシナリオに関係する部分だけだ。
必要部分を中心に作られ、それ以外は詳細に決められていない事も多い。

だから古典型のPLが現代型卓に迷い込んで、自由に動き回ろうとするとトラぶる。
自由に行動し宣言するPLに対応できずにGMがパニック起こしたり、黙り込んでしまったり、
卓の雰囲気を壊したり。私にも前科がある。現代型を知らなかったから。(あの時はごめんね)

先ほど、現代型のGMはドラマの演出家と例えたが、
シナリオ作成を例えるなら、現代型は、舞台のセットに近い。
シナリオで使う部分は細かく作り込まれているが、使わない部分は省略される事も多い。
舞台上の場面の絵が描いてあるが、裏に回ればただの板であるカキワリのようなものだ。

しかし昔ながらのGMは違う。ストーリーを決めるのではなく設定を決める。
カキワリ一枚だけではなく、舞台の裏側にも、GMが設定した世界が広がっている。
PLが裏へ回ろうと思った時に困らないようにするためだ。

*

この漁村は・・・

人口は100人、うち漁師は35人。村長は老年の男性。
神殿や司祭はいないが、老齢の女性薬師が一人。宿屋はない。

街道から半日歩いたところにある。村民は、ほとんど村の外には出ない。
沿岸漁業で生計を立てていて、一日の平均水揚げ量は500kg。
水揚げ作業運搬用にロバが一頭だけ飼われている。管理は村長。

日持ちするように、水揚げした後は、村内で加工する。
村内に、燻製小屋、干物小屋、塩漬け小屋などがある。

週に一度、国から徴税官に任命されている商人が出入りして、
魚を買い上げる。うち4割は税として物納。

保有漁船は12隻。うち1隻は空いているので貸出可能。
小屋も一つ空き小屋があり貸出可能。
保存食(干物)、日用雑貨などは調達可能。

漁船は、漁火漁用の船で、2人から4人で乗船する。全幅2m、全長8m。
漁網や船倉などのスペースもあり、移動するだけなら10人でも乗船可能。

・・・と、こんな感じで、設定を考える。
上記は、ちょうど今やっているセッションで私が考えた設定の一部。
なんでこんな事をするかと言えば、プレイヤーが何を始めるか分からないからだ。

事件を調べるかもしれない。船を借りるかもしれない。漁師を雇うかもしれない。
村に移住するかもしれない。村長と喧嘩して村を乗っ取ろうとするかもしれない。
ロープが欲しいと言われればいくらでもあるけど、
網が欲しいと言われても、それは漁師の命だ、貸せないぞ。

だからGMは、まず箱庭世界を作る。シナリオはこういう設定の積み重ねでできるものだった。
一本道のストーリーだけではなかった。

*

■ 使われない設定だらけ

そして面白い事に、そうやって作った設定の大半は実は使われないという現実。

人口百人の村を作っても、プレイヤーが知るのは村長だけかもしれない。
近隣領主との政治関係を考えても、一度も話題にならないかもしれない。
漁船が何隻ある設定を作っても、誰も船に興味を持たないかもしれない。

この設定をPLが知る必要はないし、知らなくても攻略に支障はない。
というか極論、この村に来るかどうかもPLの自由で、訪問しないかもしれない。

今の感覚だと「じゃあ作る意味ないじゃん」と思うかもしれない。
でも、きちんと決められた設定があるから、プレイヤーが予想外の行動をした時にも対応できる。
世界が実在している感覚を維持できる。世界に没入できる。それが大事だった。

アドリブというのは、こういう設定が出来ているからこそ、外れた行動をしても対応できるという事だ。

*

■ GMは、ご都合主義でプレイヤーを助けない

これも今との大きな違いかもしれない。
昔ながらのGMは、基本的にプレイヤーを露骨に正解へ誘導しない。

PLの油断で情報を見落としたなら見落としたまま。
無警戒で、危険を察知できなかったなら、その結果を受ける。

もちろん意地悪をするわけではない。ただ、公平であろうとする。

プレイヤーに都合よく強引に正解に誘導したり、世界を書き換えない。
失敗したなら失敗。成功したなら成功。それだけだった。
だから、GMは脚本家や演出家である前に、公平な審判だった。

ただ誤解の無いように断っておくけど、ゲームの目的は皆が楽しむ事なのは同じ。
ゆえに、GMがさじ加減に気を配っていたのは昔も同じ。
見落としたなら、さりげなくヒントを出したり、むしろ今よりもずっと心を砕いていたと思う。

なぜならシビアだからこそ、気を付けないと予期せぬピンチで簡単に全滅してしまうからだ。
ストーリーが決まっている現代型なら、逆にそこまでの絶妙なさじ加減の苦労は必要ないだろう。
 
*

■ だから本来のGMの役割は楽ではない

よく、GMなんて誰でもできると公式などが言ってるけど、あれは建前。
そう言わないと商売にならないものな。

でも現代型のGMは割とそれに近くなった。
誰でもできるように負荷を軽くして効率化されるよう進化をしたから。
誰でも出来るというのは、非常に良い進化だと思う。

古典型の場合は、実際GMをやるためには、
それなりの熟練度が必要で、難易度はかなり高かったと思う。

シナリオを作るたびに、世界設定を作り、村設定を作り、街設定を作り、ダンジョンを作る。
各組織の勢力図や抱えている問題などの設定も作る。NPCの状況、目的、背景を考える。
時間経過で何が起きるか考える。プレイヤーが何をやっても対応できるよう準備する。

だから決して楽ではない。今より大変だった部分も多い。
もっとも、仲間内でわいわい遊ぶのなら、例えグダグダになっても、
それもまた楽しいはずなのだけれど。そういう意味では誰でもGMが出来るのも間違いではない。

*

■ 最後に

こうして見ると、昔ながらのGMの仕事の一番は、
物語を語る事ではなく、「世界を成立させる事」だったと言える。

プレイヤーがどこへ行こうが、何をしようが、その世界が自然に反応できるよう準備する。
だから必要だったのは脚本術や演出力よりも、設定構築力や裁定能力、そしてアドリブ力だった。

ここまで書くと、昔ながらのTRPGが厳格で息苦しい高難易度ゲームに見えるかもしれない。
でも実際は少し違う。

結局のところ、TRPGは皆で集まって、お菓子や飲み物をつまみながら、
「それ危なくない?」「いや、こうしたらいけるんじゃない?」
「GM、それ分かりにくいよ!」「もっとヒントないの?」「それは甘えだろw」
みたいに、あーだこーだ掛け合いしながら遊ぶゲームだった。

分からなければ質問していいし、GMと交渉したっていい。PL発言禁止なんて縛りはなかった。
むしろ、そういうやり取りこそ、セッションの最も大事な要素だった。

そう考えるとむしろ、「キャラになりきって話して」「pl発言禁止」「メタ発言禁止」
「メインタブではRPしてください」などなど縛りが多い現代型の方が、
よっぽど厳格でとっつきにくい要素があるとも言えるかもしれない。

だから昔ながらのTRPGは、黙って正解を探すゲームではない。
戦術シミュレーション要素が強くても、脳内だけで思考するゲームではない。

遠慮せず質問して、提案して、相談して、遠慮せず世界に働きかける。
そうやってGMとPL全員で世界を作り、物語を作っていく遊びだった。

もちろん意見が割れる事もある。そんな時は最終的にGMが裁定し、皆はそれに従う。
それがゴールデンルールだ。

だからGMは審判役でもあるのだけれど、基本は対立するためではない。
プレイヤー達が同じ世界を共有し、その世界が自然に動き続けるよう管理する。
そして、その中で起きた出来事の積み重ねとしてオンリーワンの物語が生まれる。

昔ながらのGMとは、そんな役割だったのだと思う。

つづく。
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