りこ⭐さんの過去のタイムライン

2026年06月

りこ⭐
りこ⭐日記
2026/06/14 07:29[web全体で公開]
😭 起源と本質
 
人間の本質とはなにでしょうか?
  
 
もし、類人猿から枝分かれしたばかりの
黎明期の猿人こそが「本来のヒト」だとしたら 
 
そこから長い時間をかけて、原人や旧人、そして新人
――いまのわたしたちへと進化してきたことは、
「本来のヒト」から遠ざかっていった、
ということなのでしょうか
 
 
まだ小さな脳で、生き残るために役割を分け、資源をやりくりし、
危険を避けながら暮らしていた頃の姿こそが
「本来のヒト」であり、それがヒトの本質なのでしょうか
 
脳が発達し、言葉を得て、誰かと気持ちを交わし、社会を築き、
科学や芸術や文学を創造するようになった現代人は「本来のヒト」ではなく、
これらの要素もまたヒトを人間たらしめる本質ではなく、
後からつけ足されたフレーバーのようなもの
  
 
……そういうこと、なのでしょうか
 
 
 
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システム
システムりこ⭐
2026/06/11 23:47[web全体で公開]
システムからのお知らせ
コミュニティ「TTシナリオライターズ:オンセン支部」の参加が承認されました。
はるるん
はるるんりこ⭐
2026/06/08 20:17[web全体で公開]
なるほど♪
それはそれで素敵な付き合い方だって思います♪

返信ありがとうございました!
りこ⭐
りこ⭐セス・メイソン(CoC7PC名)
2026/06/08 18:52[web全体で公開]
セス・メイソンさん、コメントありがとうございます。
 
「このキャラならこうする」という、キャラクター主導の思考
——その感覚、それはわかる気がします。

プレイヤーの分身としてのゲームの「コマ」から離脱して、
キャラクターが独立した存在として動き出す、
その段階としての「うちの子」という解釈ですよね?

そう考えると、わたしの感覚はその次の段階なのかもしれません。
人物設計を担当して物語世界に送り出したキャラクターは、
一旦わたしの手を離れて、GMもPLも含めた卓全体の共同所有になる
そして改めてわたしがそのキャラクターのロールプレイを分担する
——そんな感じのイメージです。

「演技派として見る」というお言葉も、なるほどと思いました。
キャラクターに深く入り込むことと、プレイヤー自身の人となりは、
切り分けて見た方がいいですよね――すべての観劇がそうであるように。
りこ⭐
りこ⭐はるるん
2026/06/08 18:36[web全体で公開]
はるるんさん、コメントありがとうございます。

「コマ」から「うちの子」への変遷、なるほどと思いました。
キャラクターへの感情移入の深さや、遊び方の変化が、
呼び方にも表れているのかもしれませんね。

ただ、わたし自身の感覚としては、
「うちの子」でも「マイキャラ」とも少し違うくて、
どちらかというと「わたしが人物設定を担当したキャラクター」
に近いのかな、と思いました。

もちろん、自分で考えたキャラクターなので愛着はあります。
でも、それは所有したいとか、守ってあげたいというより、
その物語の世界に立つひとりの登場人物として、
できるだけ丁寧に人物設定を用意して、舞台に送り出す感覚に近いです。

なので、もし別のプレイヤーさんがそのキャラクターを担当することになっても、
人物解釈に迷わないくらいには人物設定を深めておきたい。
でも同時に、担当したプレイヤーさんなりの解釈が加わることも、
むしろ面白いと思っています。

そう考えると、わたしの距離感は、プレイヤーというより少しだけ、
原作や脚本を書く側の感覚に近いのかもしれません。
「所有」や「庇護」よりも、「人物を立ち上げて、物語世界に送り出す」という感じです。

極端に言えば、各プレイヤーが持ち寄ったキャラクターを、
あえてシャッフルして別の人が演じる卓があっても面白いんじゃないかな、
なんて思ったりもします。
自分が考えた人物(例えばそれを「うちの子」と呼ぶとしても)を、
別のプレイヤーさんがどう解釈して、どう生きてくれるのかを見るのも、
すごく創作的で楽しそうだなと感じます。
りこ⭐
りこ⭐お賽銭入れ
2026/06/08 18:15[web全体で公開]
コメントありがとうございます

「TRPGはGMを含めた参加者全員のもの」
という感覚、すごく共感します

あるセッションにエントリーしたキャラクターは、
少なくともそのセッションの間は作者の所有を一時的に離れて、
GMもPLも含めた卓全員で共同所有している
という感覚です
 
だから、特にTRPGでは「うちの子」という感覚が
わたしにはピンとこなかったのかもしれません

極論、わたしが人物設定をデザインしたキャラクターを
別のプレイヤーさんが担当することになっても
抵抗感はまったくないので...
デザインした自分とは違う解釈や人物像が生まれたとしたら、
むしろ、それはそれで面白いと思えますので
セス・メイソン(CoC7PC名)
セス・メイソン(CoC7PC名)りこ⭐
2026/06/08 12:18[web全体で公開]
> 日記:🔰プレイヤーとキャラクターの距離感?
コメント失礼します。
既に書かれている方いらっしゃいますが、
子供のように手が離れたキャラの意味が強いです。
PLとしての考えはあるけれど「このキャラならこうする」とある種の他責思考になるのがうちの子なのだと思います。私などはNPCとして扱うのも厭わないので、ある意味うちの子でしょうか。穿った見方をすれば地雷RPをするPLが地雷と限らないし、頼りになるRPをするPLは必ずしも頼りにならない。
これはそのPLが複数キャラ扱って初めてわかったりするので多重人格と恐れずに、演技派として見ないと誤解を受けやすいものと思います。
はるるん
はるるんりこ⭐
2026/06/07 22:33[web全体で公開]
> 日記:🔰プレイヤーとキャラクターの距離感?
はじめまして!
「うちの子」自体にはっきりとした定義はないと思います。
そもそも「マイキャラ」ってことでしょうけど、「うちの子」と「マイキャラ」だと印象違いますしね。

一番、遠い存在は、そもそも昔は「コマ」でした。
戦士で、HPがいくつで、LVがいくつ…。
死んだら、次のコマを作ればいいやってね。
※将棋やチェスの駒に感情移入しないのはコマだからでしょう。

僕的には「出会いや選択の行く末を最後までちゃんと見届けてあげたい」というのも充分に「うちの子」何じゃないかな?
そもそも「自分の子ども」だって、所詮は他人。
「ひとりの独立した登場人物」ではないでしょうか?

なので、別に自分のPCを「うちの子」と呼ぼうが「マイキャラ」と呼ぼうが「推しの子」と呼ぼうが関係ない。
コマじゃなく「ひとりの独立した登場人物」として扱っているなら、それはもう「うちの子」なんじゃないかな?

僕は…「マイキャラ」かな?
感覚はりこさんと同じような感じだと思います。
お賽銭入れ
お賽銭入れりこ⭐
2026/06/07 22:28[web全体で公開]
> 日記:🔰プレイヤーとキャラクターの距離感?
私もあんまり「うちの子」という感覚はわかりませんね。
個人創作ならともかく、TRPGはGMを含めた参加者全員のものなので、そういう感覚にはならないのかもです。

うちの子と感じる文化自体は別に自由なのですが、TRPGに限らず、うちの子文化の声がでかい人こと、よく揉め事を起こすので、そこらへんがネックかなと。
もちろん協調性があり、問題を起こさない人もいますが、うちの子が~と問題を起こす人が目立つのは客観的事実です。もっと穏便にいきたいものですね。
りこ⭐
りこ⭐寿
2026/06/07 13:39[web全体で公開]
寿さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
 
「冒険をするために生み出した自分の分身」
という捉え方、なるほどと思いました。
たしかに、自分自身を「うちの子」とは呼ばない、
という感覚はとてもわかりやすいです。
 
一方で、PCを自分の創作キャラクターや作品として大切に思う方がいる、
というのも自然なことだと思いますし、どちらが正しいというより、
キャラクターとの距離感の違いなのかなと感じました。

「自分の分身として見る人と、自分の作品として見る人では、
 キャラクターの危険や失敗に対する受け止め方が違う」
というところは具体的にどう違ってくるのか、
わたしの中ではうまくイメージできていないところです。
 
わたしの感覚としては、
PCを「自分の分身」と呼べるほど自分そのものとも思っていなくて、
でも「うちの子」と呼ぶほど守ってあげる存在とも少し違っていて、
やっぱりその物語の世界に住む「(自分とは異なる)登場人物」のひとり。
 
たぶん、わたしにとってのキャラクターとの距離感は、
今のところそんな感じなのだと思います。
 
「自分はこうだけど、あの人は違う感覚なんだな」
と知っておくことが大切、というお話、とても参考になりました。
ありがとうございました。
寿
寿りこ⭐
2026/06/07 12:07[web全体で公開]
初めまして。寿と申します。

本来のTRPGのPCは、
冒険をするために生み出した自分の分身というべき存在ですね。

なので、自分自身を「うちの子」とは呼ばないのと同じで、
PCについてもあまりそういう感覚はありません。

一方で、時代とともに遊び方が多様化して、
近年は自分の創作キャラクター、創作作品として愛着を持ち、
「うちの子」と呼ぶ方も多くなりました。

それ自体は問題ないんですが、
この価値観の違いが、時々トラブルの原因になることもあります。

例えば、自分の分身として見る人と、自分の作品として見る人では、
キャラクターの危険や失敗に対する受け止め方が違うことがあります。

だからこそ「自分はこうだけど、あの人は違う感覚なんだな」
と知っておくことは大切だと思います。

「その世界で生きる一人の人物として見ている」という感覚は、

とても自然な、本来のTRPGの楽しみ方だと感じました。
りこ⭐
りこ⭐日記
2026/06/07 09:19[web全体で公開]
😟 🔰プレイヤーとキャラクターの距離感?
 
「うちの子」ってどんな感覚なのでしょうか?
 
一次創作界隈にいた頃から、そしてTRPGをはじめてからも、
よく見聞きする言葉のひとつに「うちの子」があります
 
自分で創作したオリジナルキャラクター(PC)のことを、
愛情をこめて我が子のようにそう呼ぶ文化ですよね
みなさんが「うちの子」のお話をされているのを見るのは、
キャラクターへの深い愛情が伝わってきて素敵だな、
っていつも思っています
 
―――でも、わたし自身は、自分が創作したキャラクターを
「うちの子」と思う感覚が、まだあまりうまく掴めていません...💦
 
もちろん、わたしにも「推しキャラ」はいるし、
キャラクター愛がないわけではないと思うけれど、
「じゃあ、自分が創作したキャラクターを『推しキャラ』にしたのが
『うちの子』ってコト……?」
なんて考えてみたりもするのですが、
それもなんだかちょっと違う気がしていて...
 
自分の中にその感覚の引き出しがあまりなくて、本当に純粋に、
「うちの子って一体どんな感覚なんだろう?」
って不思議に思っています
 
わたしの感覚としては、自分が創作したキャラクターであっても、
生まれたその日から「自分の子ども」ではなく、
その物語の世界に存在する「ひとりの独立した登場人物」
に近い気がしています
 
特にTRPGをはじめてからはその感覚がよりはっきりして、
シナリオ舞台に立ったキャラクターの内側から共に物語を生きて、
その出会いや選択の行く末を最後までちゃんと見届けてあげたいな、
って思っています
 
先日、エンディングを大切にロールプレイしたいって書いたけど、
それはたぶん、そういう感覚だからなのだと思います
 
でもやっぱりそれは「うちの子」っていう感覚とはちょっと違うくて...
 
みなさんにとっての「うちの子」って、
普段どんな感覚、どんな距離感なのでしょうか?
プレイヤー(PL)とキャラクター(PC)との関係性
を教えてもらえたら嬉しいです
 
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