【ケダモノオペラ】喰らい~Cry~【TRPGリプレイ】
注意: 当ページの内容の転載、複製は著作者の許可がない限り行わないでください。
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本作は、「池梟リョーマ、アークライト、新紀元社」が権利を有する「ケダモノオペラ」の二次創作物です。
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本作は、「池梟リョーマ、アークライト、新紀元社」が権利を有する「ケダモノオペラ」の二次創作物です。
※これは、「ケダモノオペラ」シナリオ「イケニエ赤ずきん」のセッションを元に創作した小説です。
それは、赤ずきんが森に捨てられるより、ずっとずっと前…。
闇の森は、現世の様々な森と繋がっています。
その日も、何処から迷い込んだのか、一人の乙女が所在なげに森の木々を見回しておりました。その身体は、綺麗な白い服に包まれていましたが、それはどう見ても死装束でした。
「神様…。どうか、一思いに…」
そう呟く乙女の前に、何の前触れもなく、樹上から巨大な影が立ち塞がりました。
「ひっ…」
「おうおう、匂いに惹かれて来てみれば、こんな美味そうな人間は、見た事がないわい」
それは、真っ赤な毛に覆われた、世にも巨大な大猿でした。
ケダモノ。
闇の森に住まう、人を遥かに超越した、異形の化け物。
見れば、その凶悪な口に人の生首をくわえ、その生首が喋っています。ケダモノは“擬似餌“と呼ばれる人を象ったモノで化かすといわれていますが、このケダモノは本性を隠す気もない様でした。
「ああ…!」
乙女が恐怖のあまりへたり込むと、大猿は口を耳まで裂いてにんまりと笑いました。
「“アレ“が来る前に、喰ろうてしまおう。横取りされては、かなわぬからのう」
ぐばあと、乙女の前で大猿の牙だらけの口が開きます。舌の上で、生首がゲタゲタと嗤いました。
「心配するな。喰ろうた後は、儂の擬似餌として使うてやるわい。そうすれば、死んだ事にはならんだろう?」
うそぶく生首に、乙女は震える事しかできません。
嗤う生首が迫り、大猿の牙が乙女を飲み込もうとしたその時。
ばつん。
思わず目をつぶった乙女の顔を、突風の様なものが撫でました。恐る恐る目を開けると、大猿の姿は見えません。…いえ、視線を下に向けると、そこには大猿だったモノの脚だけが残されていました。
「えっ…?」
事態が飲み込めずに呆然とする乙女の耳に、世にも恐ろしい音が聞こえてきました。
べきっ、ばり、ぼりぼりぼり…。
前方の闇の中で、何かを噛み砕き、咀嚼する音が聞こえてきます。やがて“ごくん“と飲み込む音と共に、森はしぃんと静まり返りました。
「な、何が、起こったの…?」
身動きするのも恐ろしくじっとしていた乙女の前に、闇の中から一人の少女が姿を現しました。ボロをまとったその姿は一見浮浪児の様でしたが、こんな森の中にいる割には肌には傷一つなく汚れてもいません。髪は伸び放題で身体よりも長く、先の方は背後の闇に消えています。
少女は髪の間から眼をぎょろりと覗かせ、乙女に話しかけてきました。
「オマエ、何? しゃべるのに、ちっちゃくて弱いね? それに、すごくいいニオイ!」
くんくんと鼻を鳴らしながら、硬直している乙女に近付き、あちこちを嗅ぎ回ります。
「あ、あの、ちょっと…」
「あはっ、変なの! お腹一杯だし、今日はここで寝るよ!」
まるで警戒心もなく笑うと、少女は乙女の膝に勝手に頭を乗せ、丸くうずくまって寝息を立て始めました。
「えっ…!? えっ、えっ、どうしましょう…? あの、ちょっと、もしもし…?」
起きる様子もない少女に、乙女は途方に暮れます。しかし、その後何故か、ケダモノはおろか、森の他の動物すら、乙女の前には現れませんでした。
目を醒ました少女は、身体が妙に暖かいのに気付きました。見れば例の乙女が、少女を抱き締める様にして眠っています。
「…あれ? 何だっけ、これ」
何でこんな事になっているのかよく覚えていませんでしたが、何だかとてもぐっすりと眠れた気がしました。
少女がぷるぷると身震いすると、乙女も目を醒ましました。
「ん…。あ…。おはよう…」
まだ寝惚け眼の乙女は、のんびりと少女に挨拶しました。少女は不思議そうに見上げ、首を傾げます。
「オマエ、何で逃げないの? クライが、怖くないの?」
乙女は目を擦りながらきょとんとしていましたが、苦笑して言いました。
「…逃げようにも、誰かさんが私のお膝を占領してましたからね。…“クライ“っていうのね、あなた」
乙女は少女…クライの髪をかき上げて、その顔を覗き込みます。
「…それに、一晩枕にされて一緒に寝たのに、今更怖いも何もありません」
「ふぅん?」
よく解っていない顔でクライは乙女の胸に顔を埋め、目を細めます。
「何だか、オマエ、あったかくて、いいニオイで、気持ちいい。寝床がもういっこあるみたい…」
「私はあくまで、枕とか寝床扱いなんですね? これでも、ちゃんと名前はあるんですよ?」
「名前?」
「はい。クオリアと申します。…昨夜は、きっとあなたが助けてくれたのね…。ありがとう、クライ」
「ありがとう…? 何で?」
クライはまるで身に覚えがなさそうでしたが、クオリアは微笑んでその髪を撫でました。
「ふふっ…それでも、ありがとう」
それから、クライとクオリアの、奇妙な同居生活が始まりました。クオリアは、クライがまともな人間なら知っている様な事を何一つ知らない事に驚きましたし、クライは、クオリアが森で生きていく為の力を何一つ持っていない事に驚きました。
「折角こんなに長くて綺麗な髪なんだから、きちんと梳いたり編んだりしたら可愛いのに…」
「? 何だかわからないけど、クオリアに撫でられるのは好きだよ!」
「でも、編んでも編んでも終わらなそうね…。どこまで続いてるんでしょう、この髪…?」
「クオリアが食べられそうな、小さいのを捕ってきたよ! 食べて!」
「ひい、熊…!? 熊って、食べられるの!? というか、どちらかというと、私が食べられる側だけど…!」
「まだ大きい? ちょっとちぎろう」
ばきっ、めり、ぐちゃ
「う、うわぁ…」
それでも、二人は仲良しでした。クオリアは、ケダモノも動物もクライといれば襲ってこない事と共に、この少女が全く悪意のない、無垢な心を持っている事に気付きました。
クライは、暖かくていい匂いのクオリアと共にいる事に、今まで感じた事のない様な安らぎを覚え始めていました。
ただクオリアは、クライが森の中で何をしているのか訊きませんでしたし、クライは、クオリアが何故森に来たのか訊こうとはしませんでした。
そうして幾日か過ぎた、ある夜の事。
いつもの様にクオリアに抱き付いて眠っていたクライが、ふと耳を立て、目を醒ましました。鼻をくんくんとひくつかせ、唸り声をあげます。
その声に目を醒ましたクオリアが、眠たげに訊きました。
「…どうしたの、クライ…?」
「…獲物が、来るよ」
そう呟くと、クライはクオリアを木のうろに残し、影の様に走り出て行きました。
闇の森を行くクライに、突如樹間から瘴気を放つ飛沫が浴びせかけられました。
「!」
とっさにかわすクライの頭上から、しゅるしゅると何かが垂れ下がってきます。それは、人の様な顔をした、巨大な蛇でした。しかも二本。二つの白い顔が、先の割れた舌をそれぞれに出し入れしています。その頭は、一つの胴体につながっていました。
「ほほ…。何かと思えば、“オオアギト“。ケダモノ喰いのケダモノが、この“三面王蛇“ラガの邪魔立てする気かえ?」
「オマエなんか知らないよ。邪魔とか何とかも知らないよ。でも、クライのナワバリに入ってくるモノは…」
メキメキと、クライの口が耳まで裂けていきます。それと同時に、その身体は巨大な狼の姿に変わっていきました。
「…喰らうよ」
「ほほ、“暗い“とな? 闇の森の主でも気取っておるのかえ、ケダモノ喰い。ぬしに“香血“の肉はやらぬぞ?」
しかし、ラガが得々と話している間に、クライ…オオアギトの姿はかき消えていました。
「何…?」
がつん。
寸でのところでかわしたラガの頭があった空間を、頭上の闇から涌き出てきた巨大な顎が音を立てて喰いちぎりました。
「噂に違わぬ暴れモノよな。だが我は、ぬしの喰ろうてきたケダモノ共とは、訳が違うぞ?」
樹上の闇にうずくまり、眼を光らせるオオアギト。
「…オマエも、他のヤツと同じコトを言うよ。つまらない。クオリアのお話の方が、ずっと面白いよ」
「…やはり、“香血“はぬしが囲うておったか。渡してもらうぞえ!」
ラガは胸部を大きく広げて威嚇すると、凄まじい速さでオオアギトの周囲を取り囲んだかと思うと、蛇腹で木々ごとオオアギトに絡み付きました。
「ほほ、手も足もない我に手も足も出ぬか? どれ、ケダモノ喰いを、我が喰ろうてやろう」
ラガの口が大きく開き、オオアギトを丸呑みにしようとします。
「…あはっ」
ラガの胴に絞めつけられながら、オオアギトが嗤いました。
「…何がおかしい?」
「おかしいよ。その程度の口で、クライを喰らおうなんて」
オオアギトの顎が、耳を越え、首を越え、上半身にまで裂けていきます。その凄まじい力に、ラガの胴は押し返されていきました。
「な…?」
「…ちゃんちゃら、おかしいよ」
ばつん。
「ぎっ…?」
大口を拡げたラガより更に大きく、オオアギトの牙まみれの顎が開かれ、ラガの頭の一つを咬みちぎりました。
「ひいぃ、我の頭が…!?」
ちぎれた首から血を噴き出しながら、ラガはオオアギトから身を離しました。
「おのれ口惜しや、オオアギトめ! “香血“さえ喰らえば、ぬし如きにやられはせぬものを!」
「さっきから、コーケツコーケツうるさいよ。何の話をしてるの?」
ラガは小狡そうにオオアギトの隙を窺いながら、口を開きました。
「何という宝の持ち腐れもあったものよ。“香血“とも知らずにあの女を手元に置いておったのか。力ばかりの愚か者が」
慎重にオオアギトから間合いを取りながら、ラガは嘲笑いました。
「…“香血“とは、ケダモノを惹き付けてやまぬ、魔性の血を持つ人間の事よ。最上の美味であるのみならず、その肉を喰らいその血を飲めば、更なる力を得られるというな。ぬしが如き、ものの価値も解らぬ駄獣には過ぎた宝よ」
「…」
さして興味を惹かれた風でもないオオアギトに一瞬苛立ちを見せたものの、すぐにラガはにぃ~っと朱い唇を歪めました。
「…ほほ。要らぬのなら、我が貰うぞえ?」
鋭敏な耳がクオリアの悲鳴を捉え、オオアギトはびくりと振り返ります。そこへ、ラガの牙が喉元へと食い込みました。
「ほほほほ! だから愚か者の駄獣だというのよ! 長話に付き合うてくれた上に、余所見とはな!」
じくりと、ラガの牙からオオアギトの中に瘴気を含んだ猛毒が流し込まれていきます。
「うぐっ…!」
「我が何故“三面王蛇“と呼ばれておるのか、わからなんだのか、間抜けめ」
しゅるしゅると、ラガの背後の闇から、胴にクオリアを巻き付けた尻尾が這い出てきました。奇怪な事に、尾の先にはもう一つ、ラガの頭が付いています。
「ひっ…!」
突如ラガにかどわかされ、混乱の極みにあるクオリアは、二匹の巨大なケダモノに挟まれ息を呑みます。
「どうじゃ、オオアギト。折角囲った香血を奪われた気分は? ぬしの目の前で香血を喰ろうて、ゆるゆるとなぶり殺しにしてやろうぞ」
勝ち誇った様に嗤うラガよりも、オオアギトはクオリアを見つめて濁った血を吐き出しました。
「ク、クオリア…」
その声に、クオリアは目を見開きます。
「えっ…? クライ、なの…?」
苦しげに顎から血を溢れさせながら、オオアギトはラガに言いました。
「クオリアを、放してよ…。喰らい合うなら、クライとすればいいよ…」
けれど、ラガは馬鹿にした様に鼻で嗤いました。
「話を聞いておらなんだのかえ? ケダモノ喰いのぬしと違うて、我はぬしの肉など要らぬわ。欲するは、この香血の血肉のみよ」
三つめの顔が、クオリアの頬に舌を這わせます。恐怖に震えるクオリアに、オオアギト…クライは、何故か心が引き裂かれる様な気持ちがしました。
「やめてよ…。クオリアは…食べないで…」
ケダモノの禍々しい瞳から、涙が零れました。
「ほほ、今更惜しくなったのかえ? 良い様よなぁ。その面を見たかったのよ!」
げらげらと嗤う、二つの白面。
けれど、手中にあるクオリアが、クライの涙に震えを止めた事に気付きませんでした。
「どれ、約束通り、ぬしの目の前で、香血を喰ろうてやろうかえ…?」
クオリアを一呑みにしようと、胴を緩めて大口を開いた瞬間…。
「…えいっ!」
何と、クオリアはラガの胴を蹴って、自らその毒牙に飛び込もうとしたのです。
「あなや!?」
ラガは、慌てて口を背けました。
「な、何を考えておる…!? 我が毒牙で穢れては、香血の価値が落ちようものを…!」
その上に、巨大な影が落ちました。
「!?」
ラガが振り返ると、そこには牙に縁取られた暗闇だけがありました。ラガの全身を覆い尽くす程の、大顎。
「ひ」
ぼりゅ。
クオリアを捕らえてとぐろを巻いていた事が、仇になりました。“三面王蛇“ラガは、残り二面はおろか、全身余さず、オオアギトの顎の中に消えました。
ばき、ぎゃり、ぐしゃり
おぞましい咀嚼音と共に、くぐもった悲鳴はじきに聞こえなくなりました。
「…」
がばっと、大量の真っ黒い血を吐いて、オオアギトは倒れました。毒の塊であるラガを、丸ごと食べてしまったのだから当然です。
「…クライ!」
地に倒れ伏していたクオリアが、オオアギトに駆け寄ります。
「…クオ…リア…」
弱々しく呟くオオアギト。最早、クライの姿をとる力も残されていませんでした。
今宵は新月。月も、オオアギトに力を貸してはくれません。
「…何で…あんな、無茶、したの…?」
「…! …私がいては、あなたが戦えないと思ったから…! 私は…ケダモノを呼び寄せる呪われた血の娘…。ここで死ぬ事が望まれていたの…。だから、死んでも良かったのに…!」
「あはっ…。おかしいよ…。人間は…すぐ、死んじゃうのに…死んでもいいなんて…おかしいよ…」
オオアギトは咳き込み、更に大量の血を吐きます。
「あなたこそ…! どうしてこんな、ケダモノなのに、死ぬ様な無茶を…!」
白い衣が血で汚れるのも厭わずに、クオリアはオオアギトにすがり付きました。
「わかんない…。クオリア、が、死んじゃうのが…何でだか…嫌だったん、だよ…」
愛しげに自分を見つめるケダモノの瞳を見て、クオリアの瞳に決意の火が灯りました。
「…助けてくれて、ありがとう、クライ。今度は、私があなたを助ける番」
ナイフを抜き、自らの手首に刃を走らせ、その血をオオアギトの口許に垂らしました。
えもいわれぬ甘露に、オオアギトは無意識に舐めとり、ついで目を剥きました。
「クオリア…!? 何…してるんだよ…!? 死んじゃう…よ…!」
「いい、の。どうせ、私は人の世では、生きられない…。だったら、大好きなあなたの為に、死にたい…!」
香しい血が、オオアギトの野生をどうしようもなくそそのかします。
「ダメ…! ダメ、だよ、クオリア…! そんなコト、したら、我慢、が…!」
クライの心とは裏腹に、オオアギトの顎がクオリアに向けて大きく開いていきます。
…それを見つめるクオリアの瞳には、ひとかけらの恐怖もありませんでした。
「…大好きだよ、クライ。幸せに、なってね」
今宵、月はクライに力を貸してはくれません。もう取り返しはつきません。
「おおおおおーん」
クオリアのくれた命で身体に力はみなぎっても、心は張り裂けそうでした。
「おおおおおーん」
闇の森に、いつまでもいつまでも、物悲しい遠吠えが、ケダモノの哭き声が、響き続けていました。