ポール・ブリッツさんの日記 page.34
ポール・ブリッツさんが書いた日記の一覧を閲覧できます。
日記一覧
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2019/08/19 19:58 [web全体で公開] |
😶 なんかきょうは 生きて動いている人間の言動すべてに噛みつきたくなってしまうくらい、脳味噌が妙なアングルで興奮している。 ……いつものことか。 GMをやって落ち着こう(おい)
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2019/08/18 16:31 [web全体で公開] |
😶 R指定の話をしてはいかんと注意書きにあるが そりゃそうだ。中学生や高校生も読んでいるし、女性も読んでいるし、そんな話をしないにこしたことはない。 そのうえで思うのだが、ときどきこのSNSに入ってくる、某社の18禁なソーシャルゲームの広告も何とかしてもらえると嬉しいのだが……。
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2019/08/18 15:15 [web全体で公開] |
😶 何のためにプレイするかは人それぞれだが 自分の場合は、常日頃からいろいろと抑圧された生活を送ってるので「ゲームくらいは、遠慮なんて忘れて、積極的な行動してやるぜ!」と考えて、そういう考えのもとでマスタリングなりプレイングなりをしている。 それを楽しむのでないとしたら、「いったいTRPGの何が楽しいのか」が、正直よくわからない。 物語の面白さだけなら、普通に本読んでた方が面白いからなあ……。
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2019/08/10 01:32 [web全体で公開] |
😶 げっ いつもセッションが夜中までもつれこむゲームのGMのかたが高校生だ、と知ったときの「自分は何て悪い大人なんだ」という罪悪感。 まあ自分もそういやそのころは普通に深夜2時まで本読んでたな……と懐かしく思い出すがそういうレベルの問題じゃねえ!
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2019/08/08 04:27 [web全体で公開] |
😶 与えられるのを待つべきかこちらから奪いに行くべきか ときおり考えるのだが、TRPGのプレイスタイルにおいて「場の空気を読む」というのはどこまで「ほめられた態度」なのだろうか? 「場の空気を読む」というのは、GMが提示してくれる物語が、「粛々と進行するのを」「つつがなく進める」という、「受け身」のプレイであり、それって、「あまりにも日本的すぎないか」と思うのだ。 こと、海外ゲームでは、PLは、もっと主体的に、アグレッシブにプレイするべきではないか、と思える。 「空気を読むプレイ」が、「自分が退くこと」により相手を立てるもの、としたら、その真逆の、PLひとりひとりが自分の個性と能力と読みを声高に宣言しあうことによって、いわば、「能動的に自分を立てること」を各人がフルに積極的に行うことによって、その結果として、「全員のキャラがなんとなく立ってくる」というプレイを前提として、海外ゲームは作られているのではないか、と思えることがあるのだ。 積極的に自己主張し、考え、発言し、そしてイベントへ飛び込んでいくプレイこそ行われるべきであって、もしその行動が無謀で愚行である、と他のPLが思うのであれば、他のPLも、それを止めるために能動的に発言し活動するべきだろう。そういう行動理念のプレイをしてもいいのではないか、とわたしは思う 人間だれしも、考える頭と発言する口を持っている以上、そして万人が知性的に平等である以上は、それを積極的に使うことこそ神が望んでいることにかなうことである、と、キリスト教文化圏の彼らは考えているんじゃないだろうか。 つらつら考える次第である。
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2019/08/06 00:02 [web全体で公開] |
😶 正直者の村 タイタンを舞台としたAFF第二版で、正直者ばかりがいる正直者の村をマスタリングしたら、けっこう面白かった。 でもタイタンらしくないよなあ……。
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2019/08/05 01:55 [web全体で公開] |
😶 神秘主義者をRPするということ 「神秘主義者をRPするということは、神秘主義者が何を考えているかを理解することが前提としてあるはずなのだが、考えを言葉では伝えられないから神秘主義者は神秘主義者をしているのであって、それを言語で表現するにはどうしたらいいのか」 「寝なさい」
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2019/08/04 23:36 [web全体で公開] |
😶 リアルな魔法について 「○○という呪文を唱えたら、必ず××という効果がある。もしそういう結果が生じないとしても、その可能性は計算可能」という魔法システムって、要するに「科学」じゃないのか、「科学」ではないほんとうに「魔法」を再現できるシステムはないのか、についてうだうだ考えた末、 「すべての魔法が『ウィッシュ』で起こる」という魔法システムはどうだろう、と考える。 プレイヤーは「○○よ起これ!」と発言することができるだけで、実際にその効果があるかどうかは完全にGMの任意。これなら、理論というものが存在する余地がない。リアルな魔法というものを再現できる。 おお、シンプルかつ革命的なシステムだ……と喜んだ10秒後、「それじゃプレイしていてちっとも面白くないじゃん」という結論に達して、またうだうだと考え直す。業病みたいなものである。
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2019/07/23 14:12 [web全体で公開] |
😶 替え歌好きな人どうぞ 最近、日記が攻撃的になるのは、野菜を摂る量が不足しているせいと、心に余裕が不足しているせい、と自己分析し、心に余裕を取り戻すため、「TRPGをネタに替え歌を作って笑う」という建設的なコミュニティを立ち上げました。 「TRPG替え歌倶楽部」といいます。 https://trpgsession.com/sp/community-detail.php?i=commu156353329836 まだ四曲しかできてませんが、お暇な人どうぞ。
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2019/07/22 19:12 [web全体で公開] |
😶 簡単に人をブロックできるのは いってしまえば、「強者の証し」なんだろうと思う。つまり、自分が参加できる卓は、時間が合う合わないを考えに入れなければ、SNSが存在している限り無制限に存在する、と確信できるか、自分が卓を立てたら、時間が合わないのではない限り、潜在的な参加希望者は無制限に存在する、と確信できるか、とにかく、自分が「主流」にいることを確信できる「強者」だけが、簡単に気に入らない他人をブロックできるのだろう。 自分が「傍流」に位置し、ゆめにも「強者」だなどとは思えない、「圧倒的少数派」に属していることを自覚している人間には、ブロックするような余裕などはない。コミュニティの全参加者すら片手で余るようなコミュを主催していたら、ブロックなどをしたらせっかく同じゲームをプレイできる仲間を失ってしまうことになるのだ。そんな人間には、同じゲームをやりたい、といってくれただけで、相手が美点のかたまりに見え、そんな相手と巡り会ったこと自体が、川の流れの中からダイアモンドを掬い上げたような幸運に思えるのである。だから相手がなにをいおうが許すし、もし、その人のためにコミュが破綻する可能性も、ということにでもなったりしたら、何度も何度も慰留のメッセージを書き、ひたすら融和と関係修復につとめ、その結果が虚しく破綻で終わってしまったら、ショックでひと月は気分最低状態が続くのである。 まあ、入部希望者が引きも切らない鉄の規律の強豪校の運動部と、存続すら危ういような底辺校のちゃらんぽらんな同好会の差、みたいなもので、どちらがいいとは軽々しくは言えないが、自分には前者の立場で動くことは無理だ。それがよくわかった。
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2019/07/22 12:59 [web全体で公開] |
😶 他人も自分も知的には平等なんだから このオンセンで、誰か他の参加者に不満なことがあったら回りくどいやりかたで文句いったりいきなりブロックとかしないで、自分の意見を徹底的に述べて、相手の意見も徹底的に聞いて、どちらもへとへとになるくらい意見のぶつけ合いをしたほうが有意義ではないかな、と思った。空気読んだり忖度したりするよりも。 「正しい戦争よりは偽りの平和のほうがマシ」ではあるが、反対者や異端者をすべて排除する、というのは、排除した側にとっては完全に「正しい戦争」観による実力行使なので、「偽りの平和」ですらない、とわたしは思う。
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2019/07/09 07:36 [web全体で公開] |
😶 ソーサリーキャンペーン始める ファイティング・ファンタジーでも最大の大ネタのひとつ、「ソーサリーキャンペーン」をはじめた。 旧世界が舞台だが、PTの一部にアランシア出身者がいたので、まずは導入のオリシを作った。 タフでなければ生きていけないが、別にPCにやさしくしなければ生きていく資格がないわけでもないので、PCには酷な導入になった。 PLにはウケた。初回は万事めでたしである。来週から「魔法使いの丘」パラグラフ001から、ということになる。長いシナリオになるので、毎週月曜が楽しみなようなたいへんなような。まあ、そのうち~なんとか~なるだ~ろ~う~♪(植木等の声で)
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2019/07/02 02:35 [web全体で公開] |
😶 わたしがどんな悪いことをしたのか考える 件のドラグーン問題である。 この件だが、どうも、深刻な誤解があるようだ。誤解というよりは、「思い込み」である。 まずはいっておくが、「ドラグーン」とは、「銃を持った騎兵」ではない。英語版ウィキペディアでも何でも読めば書いてあることだが、ドラグーンとは、銃を所持し、馬で移動する「歩兵」である。馬に乗って突撃する「騎兵」ではないのだ。わたしが「ドラグーンは下馬して戦った」というのはこれがゆえである。歩兵なんだから。ドラグーンとは、騎兵を育成するのは訓練費用が掛かってたいへんだから、兵隊に移動力を与えるだけなら馬の簡単な乗り方だけ教えとけば安上がりでいいだろう、という発想のもと作られた兵科なのだ。 つまり、「騎乗戦闘ルールの話をしているときにドラグーンを持ち出すのは、同じ空を飛ぶからという理由で、ジェット戦闘機の話をしているときにヘリコプターの話をするのと同じように場違い」だとわたしはいったのである。 誰も、馬に乗って銃を撃つことについて文句などつけていない。撃ちたかったらバンバン撃てばいいのだ。わたしが騎乗して銃を撃つことについてはなにもいっていないのは、記録を読めばわかることである。 それに対して、「いや、18世紀半ばでは、ドラグーンは下馬することはほとんどなかったですよ」といってくる人がいた。 18世紀半ば。ドラグーンが史実に現れてから100年以上が過ぎてからの話である。つまり、いいかえれば、「最近ではジェットヘリというものがあるからジェット戦闘機の話題のときにヘリコプターの話題を出しても間違いではありませんよ」といわれたようなものだ。 それに対して「ああ、18世紀中ごろのテクノロジーの話なんですか」とわたしはいった。そのころには、ドラグーンという兵種そのものが、名前だけは残したまま、軽騎兵や重騎兵に発展的解消を遂げていっていたので、100年前とは時代背景がまったく異なるのである。なるほど、とわたしは思った。それならば話の筋道が通る。わたしは礼を述べた。 そうすると、なぜかそれが「皮肉」ととられた。なんで意見に納得し、不明を恥じると皮肉になるのかわたしには皆目見当がつかない。 つらつら考えるに、この問題の責任は、用語に対して無知なまま「ドラグーン」という言葉を勝手な思い込みのもと安易に使った側の方に多であるのではないのか。いくら闇が深かろうと、「ドラグーンは騎兵ではない」ということは「ヘリコプターはジェット戦闘機ではない」ことと同様、動かない事実である。深いのはむしろ、闇よりも蒙昧なのではないのか、と考える次第である。 識者の意見を待つ。
2019/08/20 18:17
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