寿さんの日記 「TRPGとは何か?その5「本来のセッションとは何だったのか?」」

寿
寿日記

2026/06/19 23:23

[web全体で公開]
🤔 TRPGとは何か?その5「本来のセッションとは何だったのか?」
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)※最初にお断り。

何度かお断りしているが改めて。私は何が正しいかを論じるつもりはない。
「本来」という言葉は「もともとはこうだった」という初期段階の意味で使っている。
本来の自動車、本来のカメラ、本来の携帯電話と同じく、全ての物に普通に存在する意味だ。
唯一正しい形や、あるべき姿を主張する意図はない。
日記の目的は、対立のためではなく理解のためだ。

100人いれば100通りの遊び方があるのは論じるまでもない当たり前の事だ。
結局のところ、今まで私が見聞してきた範囲で、遊び方の変遷を語っているに過ぎない。
100通りのうちの一つの考えだと受け止めて頂ければ幸いだ。

なお、分かりやすさを優先して極端な例を出す事があるが、あくまでも説明のための強調表現だ。

■ 本来のセッションとは?

以前の日記で、TRPGのGMは物語の演出家というより裁定者に近く、
世界を進行させる存在であり、ストーリーを構築する責任者ではないと書いた。
また、TRPGのゲーム性は、戦闘・探索・資源管理・危険回避といった攻略要素が中心と書いた。
今回は、もう少し広い範囲で本来のセッションとは何だったのかを深堀りしてみようと思う。

■ 本来のTRPGは「世界観から始まるゲーム」ではなかった

現代TRPGの多くは、ルールも整備され設定もきちんとしている。
全てにおいて製品としての完成度が高い。
当然、どんな世界なのかという世界観も最初に提示される事が多い。

国家があり、組織があり、設定があり、その中にPCが入る。

しかしクラシックと呼ばれる本来のTRPGは必ずしもそうではないものがあった。
D&DやT&Tのタイトルを見ても一目瞭然。
最初にあるのは「冒険」だ。もっと言うと「ダンジョン探索」である。

ダンジョンに入る→敵を倒す→宝を得る→生きて帰る

当然ながら、ダンジョン探索に国家の勢力図なんて必要ないので、
世界観は、その後ろにある補助的な説明であり、中心ではない。
世界観の比重がかなり低かったと思う。

これは日本のソードワールド無印なども同じだ。
むしろプレイの積み重ねによって、世界観が充実していったと言えると思う。

どこかの王国も、伝説も、魔法体系も、最初から整備されているものではなく、
プレイヤーの冒険の積み重ねで後付けされていく側面が強いようだ。

つまり本来のTRPGは、「世界を体験するゲーム」というより
「遊んだ結果として自分たちなりの世界が出来上がってくるゲーム」
という側面があったように思う。

初めから完成度が高いのもいいけれど、
自分が作品世界に介入できる余地があるというのは、大きな醍醐味だと思う。

■ 本来のPCは「物語の主人公」ではない!?

現代ではPCは物語の中心に置かれることが多い。
背景があり、動機があり、ドラマがあり、成長曲線がある。
PCは「物語のために守られる主人公」の立場であることが多くなっている。

しかし本来はちょっと違ったと思う。
あまり上手い表現が見つからないが、PCは物語の主役ではなく、
冒険の単位というようなものだった。

重要なのはPCの物語ではなく、ゲーム性の方だった。
生き残れるか?探索できるか?何を持ち帰るか?である。

そのため死亡や作り直しもシステム上は自然に発生する。
PCの連続性よりも、冒険の連続性の方が優先されていた様に思える。

とはいえ、まったくPCが立ってなかったわけではない。
継続すればキャラに愛着が出るのは当然の事だ。
そのプレイの積み重ねがあって、だんだんキャラが重視されるようになってきたのだろう。

近年は、~ドリブンという説明をされる。何を主軸にしているかという意味だ。
ストーリードリブンなら、ストーリー主軸。
シミュレーションドリブンならシミュレーション主軸だ。

この分類でいうと、
古典型の多くは、シミュレーションドリブンとゲームドリブンがメインが多かった。
そこから積み重ねがあって、徐々にキャラクタードリブン要素も強くなった。
現代型は、ストーリードリブン&キャラクタードリブンがメインとなっているものが多いようだ。

■ 本来のTRPGは「未完成性」を内包していた

さきほど現代のシステムは完成度が高いと記述した。
それに対して、古典型クラシックと呼ばれるものは、
完全な製品として設計されていない部分があった。

もちろん初期のものだから未成熟だったという点もあるだろう。
しかしそれが大きな魅力の一つでもあった。
ルールの隙間や曖昧さは欠陥というより、自由に運用できる遊びの余地だった。

曖昧な部分はGM裁定で、不足はハウスルールで、不明点は経験で補う。

つまりルールブックだけで完結している遊びではなかった。
完結していないという枠組みも含めて、楽しんでいた。
足りない部分は、話し合いと想像力で補っていた。

逆に現代型は、世界観からルールから非常に完成度が高い。
あまりに、かゆい所まで手が届きすぎて、議論の余地もなかったりする。
ひょっとすると、完成度と想像力は、ある種トレードオフなのかもしれない。

■ セッションは本来「仲間内文化」で成立していた

TRPGは元々、同じサークル、同じ友人関係、同じ卓経験者の中で遊ばれていた。

重要なのはルールブックではなく、コミュニティである。
つまり、ルルブやサプリよりも、仲間内でのコミュニケーションこそが重要だった。
ルールブックだけで初心者が独学することをあまり想定していなかったように思う。

昔のルールブックは資料であり、完全な説明書ではない。
先輩が後輩に教える、経験者が初心者を補う。そういう構造で成立していた。

昭和の子供のコミュニティに似ている。
ドラえもんの空き地を想像すれば分かり易いだろう。
小学生になって、地域のコミュニティに入る。空き地で一緒に遊ぶ新入りの仲間だ。
そこにはガキ大将のジャイアンがいて、面倒を見たりルールを教えたりする。

残念ながら現代ではその前提となるコミュニティがかなり少なくなってしまった。
そして現在はネット上の、オンライン環境のコミュニティが主流になった。

その結果として、
・初心者はルルブ単体で理解を求められる
・経験者が隣にいる前提がない
・用語や文化の共有が前提化されていない
という状況が生まれている。

現代では、その前提となる環境そのものが大きく変化した。
もし古典型システムが分かりにくく感じられるとしたら、それはルールが古いからではなく、
本来それを支えていた文化やコミュニティが失われたからなのかもしれない。

ルールそのものは単純だが、ルルブを読もうとすると、
・用語の位置が散らばっている
・重要情報が文中に埋まっている
・手順化されていない
正直、独学だと非常に読みづらく、全体像が見えにくい。
ルールは簡単なのにルルブは複雑怪奇というシステムも多かったようだ。
これは多分、遊び方が根本的に違うからだと思う。

本来のセッションは・・・
攻略型の遊び、未完成性を含む枠組み、仲間内で補完される文化、
プレイの積み重ねで成立する世界・・・として存在していた。

そして重要なのは、
それはルールブック単体では成立していなかったという点だ。

■ TRPGとは、本来コミュニケーションをするゲームである

これは今も普通に言われている事だ。多くのプレイヤーにとっては常識だと思う。
しかしこれも、実は、昔と現代では意味が変わっている気がする。

現代は、キャラになりきってやり取りする事を、
コミュニケーションの中心に据えている人が多いように思う。
だが本来は、セッションの中だけではなく、外のやり取りも含めた
コミュニケーション全てが中心だった。
「ルールのゲーム」ではなく「人間関係込みで成立する遊び」だったのかもしれない。

極論すると本来のセッションとは・・・
ゲームを楽しみながらも、気の合った仲間が集まってワイワイガヤガヤ交流を楽しむ事で、
ルールとかシステムとかは、その交流を彩るための道具・・・だったのかもしれない。

まるで料理を楽しむというのは建前で、
実は酒を飲むのが目的で、料理は酒の肴だ、みたいな感じだろうか?知らんけど。

書いていて思い出したが、ゴルゴ13の中にセッションの場面があった。

欧米の上流階級らしき人々がテーブルを囲み、
それぞれがEU各国の首脳役となって外交交渉を行うRPGセッションを遊んでいた。
現実にそういう遊びがどの程度あるのかは知らないが、印象に残っている。

なぜなら、そこで楽しまれていたのは、ルールやゲームそのものというより、
人と人とのやり取りだったからだ。
議論する。交渉する。駆け引きをする。相手の考えを読み、自分の考えを伝える。
そういうコミュニケーションそのものが、そっくりそのまま遊びになっている。

本来のセッションとは、そういう側面が強かったのではないだろうか。
ゲームを遊ぶために人が集まるのではなく、人と集まるためにゲームを遊ぶ。

少なくとも私が知る昔ながらのセッションには、そういう側面が強くあったように思う。
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レスポンス

お賽銭入れ
お賽銭入れ寿

2026/06/20 09:37

[web全体で公開]
> 日記:TRPGとは何か?その5「本来のセッションとは何だったのか?」
興味深い話だと思って見させていただいています。
概ね理解できますし、数少ないTRPGを扱った昔の作品などを見ても、だいたいおっしゃられている通りの様子がうかがえますね。

ただ、
・初心者はルルブ単体で理解を求められる
これだけは間違いですね。クソコミュニティやクソGMにはそういった考えの者もいるようですが、多くの卓では「初心者はセッションしながら理解をしていく」という認識のはずです。
ルルブ単体での理解を求めることはまあないですね・・・。

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