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2026/01/18 21:52
🤔 CoCで「うちのPCは臆病なんで」が成立しない理由 ――探索者はなぜ危険に関わるのか クトゥルフ神話TRPG(以下CoC)を遊んでいると、ときどきこんな宣言を耳にする。 「うちのPCは臆病なんで、危険なところには行きません。 戦闘にも参加しません。事件にも関わりません」 CoCは危険なシナリオが多い。 ロストの可能性も高く、SANも容赦なく削られる。 だからこそ、「臆病な探索者」という発想自体はとても自然だ。 恐怖を前にすくみ、逃げ出したくなるのは、むしろ人間らしい。 それでもなお、この宣言には決定的な違和感が残る。 ◆ CoCは「矛盾を抱えたTRPG」である まず前提として、CoCというゲームは構造的な矛盾を抱えている。 ・行動すればするほどロスト率は上がる ・危険を避けるのが、もっとも合理的な選択である ・何もしなければ、生き残れる可能性は高い 合理的に考えれば、探索者は事件に関わらないのが最適解だ。 それでも探索者は行動する。 合理的でないと分かっていても、恐怖の中へ踏み込んでいく。 なぜか。 ◆ 結論:探索者は主人公だから 答えは、とても単純だ。 探索者は、この物語(セッション)の主人公だからである。 小説やドラマと同じく、物語にはカメラがある。 そのカメラは、「調べる」「踏み込む」「疑う」「選ぶ」探索者を追い続ける。 探索者が行動するから、シーンが生まれる。 選択するから、物語が前に進む。 逆に、「行きません」「関わりません」と宣言した瞬間、その探索者は物語の中心から外れる。 それは臆病だからではない。 探索者(主人公)としての役割を、その場で終えているからだ。 ◆ 臆病な探索者が悪いわけではない ここは誤解してほしくない。 臆病な探索者は、CoCにおいてむしろ“正しい”。 怖がる。 震える。 正気を失いかける。 それでも一歩踏み出す。 この葛藤こそが、CoCの醍醐味だ。 問題なのは、「臆病だから関わらない」と、性格設定を行動放棄の理由にしてしまうこと。 それはロールプレイではなく、物語から目を逸らしてしまっている状態に近い。 ◆ 主人公であることの意味 探索者が主人公であるということは、「好き勝手に振る舞える権利」を持つという意味ではない。 それは、恐怖と向き合い、物語に関わり続ける責任を引き受けることでもある。 勇敢である必要はない。 強くある必要もない。 ただ、物語から降りないこと。 それだけが求められている。 ◆ 前提条件の話(CoCでは特に重要) もちろん、前提条件はある。 KPは、どんなシナリオかを事前に提示する必要がある。 ・ホラーの方向性 ・グロ・R18要素の有無 ・倫理的に重いテーマを扱うかどうか PLはそれを理解し、合意した上で探索者を持ち込む。 これはKPとPLの間の、暗黙の契約だ。 もしこの契約が守られていない場合―― ・正義の警察だと思ったら、実は悪役だった ・R18要素が後出しで提示された ・軽い探索だと思っていたら、過激なホラーだった こうしたケースでは、探索者を降りていい。 それは逃げではなく、契約不履行に対する正当な判断だからだ。 ◆ 結論 探索者は、通行人Aではない。 恐怖の前に立たされ、選択を迫られる側として選ばれた存在だ。 だから結論は変わらない。 前提条件が満たされている状態で「うちの探索者は臆病なんで、危険なことには関わりません」 この宣言がNGになる理由は、ひとつだけ。 探索者は主人公だから。 CoCは優しいゲームじゃない。 理不尽で、残酷で、報われないことも多い。 それでも探索者は歩き出さなければならない。 なぜなら―― このセッションの主人公は、君だからだ。
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2026/01/18 21:52
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