ナツルさんの日記 「後日談のようなもの(忘れじの理想郷)」

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ナツル
ナツル日記
2021/03/19 00:33[web全体で公開]
😶 後日談のようなもの(忘れじの理想郷)
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼) ――神よ。我らを赦し救い給え。

 ふと目にした記述に、彼女は――高良透は遺跡の壁をたどる手を止めた。
 ――かみよ。
 小さくその言葉をなぞった唇はけれど音を押し出すことはせず、だからその声は高良自身にすら届かない。
 ――神よ。
 けれどその言葉はいくつもの声を、響きをもって高良の脳裏をなでる。
 幼い約束を宝物のように抱えていた彼。
 人の身に耐えかねる重みにのしかかられながら声も出せず、けれど小さく、助けを求めた彼女。
 誰よりも賢く、強く、だからこそ誰よりも愚かな選択をし、成し遂げようとした彼。
 優しいばかりだと思っていた、けれどその裏側に恐ろしい力と思想を隠していた彼。
 人とは違う力に溺れ、酔っていた彼。
 強さを笠にし続けたが故に、さらなる強さにすりつぶされた彼。
 いくつもの思惑と、願いと祈りと嘆きとが重なって、その声はただ呼び続ける。

 かみよ。

 もう一度、呟いてみる。
『神』と名付けられてた存在に、あの日自分たちは遭遇し、そして願った。
 死んだ人間は生き返らない。滅びた文明は蘇らない。過ぎた時は戻らない。
 だからこそ残された人間は、前を向いて歩いていくしかない。いなくなった彼らの遺したものを受け継いで。
 そう思っていたし、今もそう思っている。
 それでも、そんな理屈も何もかも蹴飛ばして、あの日、自分たちは祈った。
 だって、ずっと腹が立っていたのだ。
 得体のしれない神とやらに振り回され続けた彼らに、そんなもののために傷付かねばならなかった魂に、何よりそんな彼らに何もできなかった、気付きもしていなかった自分に。
 神に祈るのはいい。支えとするのもいい。
 けれど神は、神様は。人が作り出した、人が生きるための手段だ。そのために誰かが死ぬなんて、傷付くなんて、そんなものは容認できない。少なくとも高良はそう思う。
 だから否定した。だから決めた。こんな神など、いらないと、そんな神が連れてきた因果などすべて、不要だと。
 彼らの苦悩を、痛みを、それでも選んだ道筋を、あの選択はすべて踏み躙った。傲慢にも不正解だとレッテルを張って、そうして自分のいいように世界を作り替えた。
 結局、高良だって彼らと変わらない。どんな力にであったとしても、どんな存在を従えた気になったとしても、ずるくて、弱くて、したたかで、傲慢で、卑怯で、ちっぽけな人間だ。
 そのことを、誰よりも高良は知っている。

 一つ。頭を振って大きく伸びをする。いつの間にか額に浮いていた汗をぬぐい凝り固まった肩をほぐす内に、上着のポケットから振動を感じる。
 こんな辺鄙な場所までも電波は届くのだ。人類の探求心ときたら果てはない。
 取り出した端末、通話アプリのグループチャットには、文字だけでも賑やかな彼女からのメッセージ。

【トール、次はいつ帰ってくんの!? 帰ってきたら絶対教えなさいよ! もうほんとあいつ最悪なんだから! みんなで説教大会開催!!】
 添付された写真にはふくれっ面の彼女と、辟易したとでもいうような彼。――けれど、二人ともどこか楽し気で。
 つられたように笑みがこぼれて、その感情のままに文字を返す。
【はいはい。まあ多分再来週には帰るから。お店予約よろしくね】
 待ち構えていたかのように(実際待ち構えていたのだろう)表示される既読の文字、少し遅れて増えた2の数字。
【わかった。美味しいお店探して待ってるね。それと、1人友達を連れてきてもいいかな?】
 控えめで、けれど本当は誰よりも芯が強くて優しい彼の言葉。脳裏に浮かんだはにかむような笑顔は、二人分。
【勿論。じゃあ私も一人、友達連れて行くわ】
 それだけを打ち込んで、高良は賑やかに着信を知らせ続ける端末を一度ポケットにしまい込む。
 振り返った遺跡は相変わらず何も言わず、そこに在る。
 長い時を超え、いつかどこかで、確かに生きていた彼らの存在を高良に伝えてくる。


 ――神よ。
 祈らざるを得なかった彼を思う。
 願わざるを得なかった彼女を思う。
 縋らざるを得なかった彼を思う。

 そのすべてを否定して身勝手な幸せを押し付けた、自身を思う。
 それでも。
 それでも、と高良は思う。あの結末を、許せなかった。許してはいけなかった。それは、高良が高良である限り許容できないものだった。
 目の前にそれを否定するすべがあった。最善と、思える道があった。だからきっと、この先何度だって高良は選ぶだろう。
 ちっぽけな自分の願いのために、ちっぽけな世界と、愛しい友と共にある未来を。
 その果てに神と呼ばれる何かから罰が与えられるなら、しっぺ返しが来るのならそれでいい。

 人はきっと、神様がいなくても生きていける。自分自身で願いをかなえながら、時に間違えたなら、何度だってやり直して。そうして、歩いていけるのだと、そんな当たり前の事実を。罰を与えにきたカミサマの鼻先に叩きつけて笑ってやろう。

了
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