霞さんの日記 「わたしたちは、なぜ、他のゲームではなくTRPGを遊ぶのでしょうか。」

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霞
日記
2020/07/18 20:47[web全体で公開]
😢 わたしたちは、なぜ、他のゲームではなくTRPGを遊ぶのでしょうか。
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼) 
TRPGというゲームにおいて、ロールプレイ(RP)は、

TRPGというゲームを構成する「【ゲーム的要素】ではない」のでしょうか。


――― なぜそのようなことを考えていたのかというと、

❶シナリオで提示されている【勝利条件をクリアするための選択】と
 【キャラ設定にもとづく選択(≒ロールプレイ)】が相反したときには、
 シナリオクリアにむすびつく選択を最優先しなければならない。

❷もし、シナリオクリアを最優先しない選択をするのであれば、
 それはもはや”ゲームとはいえない”。

❸したがって、シナリオクリアを最優先できないようなキャラ設定をすることが、
 そもそも(TRPGのプレイヤーとして)キャラ作成の段階から間違っている

というような趣旨のご意見をいただいたからです。


・・・


 「シナリオクリアよりもRPを優先したら、”ゲームとはいえない”」

ということは、

「TRPGというゲーム」においては、
「シナリオをクリアする」ことのみが【ゲーム的要素】であって、
「ロールプレイは【ゲーム的要素】ではない」、ということになりますよね。

もし、RPがゲーム的要素ではないのであれば、
RP(のもつ機能)が作用しなくてもTRPGというゲームは成立するはずです。

はたしてそうなのでしょうか…。

それがなんかしっくりこなくて、ずっと引っかかっています。

そんなわけでここのところ、TRPGというゲームにおいて
「RPがはたしている役割や機能」について考えています。


・・・

具体的な例がある方がわかりやすいと思いますので、
たとえば以下のようなモデルシーンで考えたいと思います。

――――――――――――――――――――――――――――――

パーティはある村で「敵ボスの討伐」を依頼されていて、
シナリオクリアの条件は「敵ボスを倒す」ことです。

クライマックスの戦闘シーンで、
敵ボスに「人質」をとられています。
ただし、人質の救出はシナリオクリア条件ではありません。

敵ボスを追い詰めましたが、人質も瀕死になっています。
次の攻撃で敵ボスを仕留められるかもしれませんが、
一撃で仕損じれば、敵ボスの報復で人質は殺されます。

・・・

このようなシチュエーションのときに、
TRPGというゲームでは、どちらの選択が正解でしょうか?

【A】 敵ボスを攻撃する

【B】 人質を(魔法で)回復する

――――――――――――――――――――――――――――――

「シナリオクリアを最優先しなければゲームとはいえない」という立場でしたら、
考えるまでもなく最初から【A】の一択しかないでしょう。


一方、キャラ設定上(性格や経歴・経験等)、「人質の死を見過ごせない」、

あるいは、クライマックスに至るまでに、
人質のNPC(もしくはPC)との間に親密な関係が築かれている、
(サイコロフィクション系であれば【感情】を取得している)

というような場合には、【B】も選択肢にはいってくるかと思います。

わたしは、このようなシチュエーションにおいて、
【B】を選択する(キャラの内的)動機が強いのであれば、【A】よりも【B】を選択する、
つまり、シナリオクリアのための最適解よりもロールプレイが優先されることがあってもよいし、
それが、TRPGというゲームの特性なのではないかって思っています。
むしろその部分を切り捨ててしまったら、TRPGではなくなるような気さえします。

なぜなら、TRPGというゲームのプレイヤーには
「【A】シナリオクリアのための最適解を選択する」
だけでなく
「【B】PCを物語の登場人物として演出するような選択をする(=ロールプレイ)」
ことも求められている、って思うからです。

もちろん、これはバランスの問題です。
「人質を救出する内的動機がそこまで強くない」のであれば、【A】を選択するでしょう。

担当しているPCの設定が異なれば、
クライマックスに至るまでに築かれたキャラ間の関係性が異なれば、
選ばれる選択肢もまた変わってきます。

・・・

でも、「シナリオクリアを最優先しなければ、ゲームではなくなる」という立場では、
最初から【A】という選択肢しかなくって、【B】は考慮対象にすらなりえません。

それどころか、キャラデザインの段階から、
シナリオクリアを最優先できないようなキャラ設定をするのは、
TRPGのプレイヤーとして間違っている(=正しくない)とまで主張されます。

上述のケースでいえば、「人質の死を見過せない」ような性格のキャラ設定でさえ、
(TRPGというゲームの)PCの設定としてはNGで、
「受けた依頼にひたすら忠実で、他の事柄には目もくれず、敵ボスを倒すことだけに猛進する」
ような性格に設定にしておかないといけない、ということになります。

そうやってゲームのプレイヤーの思考でシナリオクリアを最優先して、
最適解だけを選択していれば、おそらく物語はサイコロの変数の範囲内の予定調和におさまるでしょう。

――― でも、それがTRPGなのでしょうか。

それだけがTRPGというゲームの正しい遊び方なのでしょうか。

そうではない、ロールプレイも重視する遊び方では、

 「TRPGというゲームを遊べていない」

ということなのでしょうか…。

それが喉に刺さった小骨のように、ずっと引っかかっています…。
 
 
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レスポンス

フィルヒョウ
フィルヒョウ
2020/07/19 09:26[web全体で公開]
> 日記:わたしたちは、なぜ、他のゲームではなくTRPGを遊ぶのでしょうか。
こんにちは、日記拝読させていただきました、フィルヒョウです。
しょうがありませんね。霞さんとその方ではtrpgというゲームの定義が違ったのでしょう。
僕はどちらかといえば、霞さんと轡を並べるタイプのtrpgプレイヤーです。
ある程度のゲームクリアを目指しつつ、自分が設定したロールをプレイしします。
これは普段やってるtrpgの影響も多分に含まれていると思います。
僕が普段やっているクトゥルフでは探索者はパーソナリティーの範囲内で行動しなければならないという記述も見受るためです。
しかし、ハクスラや対立型のtrpgをよく好む方にとってはゲームクリアが最優先事項であることもまた想像に難くありません。今回のボスを倒すか人質を救出するかの議論においても安全マージンの取り方が異なってくるでしょう。
RPは「役割を果たすこと」ですがその意味するところは人によって様々です。
もちろんどんなtrpgをやったかにもよりますが、その方の主張は狭量ですが間違ってはいないですし、香澄さんのプレイイングも間違いではないと思います。
ワース
ワース
2020/07/19 09:04[web全体で公開]
> 日記:わたしたちは、なぜ、他のゲームではなくTRPGを遊ぶのでしょうか。
霞さん こんにちは。ハッシュ&クラッシュなシナリオならAが正解とも思えなくもないですが、コンピューターゲームのようで味気ないですね。
実はNPCを助けることがボスを倒すより大事だったなんてことがあれば目も当てられないですしw

例を上げるというのは難しいと思いますが、選択肢Bも個人的にはRPではなく最適解を求める行為側かと感じました。
私が思うRP例だと、NPCを助けるのに、私のキャラは不意打ちは嫌いなので、今なら不意打ちで命中やダメージ判定にボーナスごつくのに、他の人に相談もなく 敵に向かって高らかに俺達はここだぁ!みたいな叫びを浴びせてしまう感じですかね。  
ただ他の選択肢を選びようがなく、他の人の遊び方にも大きな影響を与えるor与えたがる 遊び方、人は一定割合存在するので、そういうご意見なんですね で十分かと思いました。

愛善院
愛善院
2020/07/18 23:29[web全体で公開]
> 日記:わたしたちは、なぜ、他のゲームではなくTRPGを遊ぶのでしょうか。

いつもイイねやコメントをありがとうございます!
日記に直接かきこみますのははじめてですね。


精神分析医パールズにいわせれば

(私がよく日記に書く
「ゲシュタルト療法」とか
心理学TA論とかPACスケールとかの発案者)

自分にとって重要な意味をもつ象徴的立場に立ち、
リアリティのある感情を演技をする

という時点で『ゲーム』です。

このゲームで得られるものは、


自分自身の感情の整理や
自分自身の発見です。
鏑矢
鏑矢
2020/07/18 21:04[web全体で公開]
> 日記:わたしたちは、なぜ、他のゲームではなくTRPGを遊ぶのでしょうか。
霞さんの示された例がフェアであるかどうかはおいておいて。
個人的には、プレイヤー自身が自分で用意した設定を演じて、役割を演じると称するのはどうかと思っております。
ほっけーにゃ
ほっけーにゃ
2020/07/18 21:03[web全体で公開]
> 日記:わたしたちは、なぜ、他のゲームではなくTRPGを遊ぶのでしょうか。

ゲームという単語に縛られ過ぎではないでしょうか。
こどものボール遊びも大人がやればプロスポーツに進化します。
ゲーム、という単語を単に”あそび”と捉えればTRPGはままごとやごっこ遊びの進化系だと思ってます。
クエストクリアが目的じゃないんです。楽しい時間を過ごすことが目的なんです。
嫌な宿題の問題集も、楽しいクイズゲームも本質的にはまったく同一のものです。
それなのに何故学生は前者を嫌がって後者には対価をも支払うのか?
それは前者の目的が問題を解くことであって後者の目的が楽しい時間を過ごすことだからなのではないでしょうか。
私はそう考えています。

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