セスさんの日記 「[PathFinder 2e][PC作成]Clericのお薦め」

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セス
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2019/09/16 01:43[web全体で公開]
😆 [PathFinder 2e][PC作成]Clericのお薦め
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)  どうもセスです。

  先月8月にPathFinder 2e Core Rule Bookが出て、
Monk1 PC
https://trpgsession.com/comment-detail.php?c=Seth7&i=Seth7_156665939696
Champion1 PC
https://trpgsession.com/comment-detail.php?c=Seth7&i=Seth7_156742363197
Barbarian1 PC
https://trpgsession.com/comment-detail.php?c=Seth7&i=Seth7_156839152892
とPC作成している続きで、今回は四人目のCleric1 PCとなります。

 今までのまとめと今後の予定は↓
https://trpgsession.com/comment-detail.php?c=Seth7&i=Seth7_156845826827

  と言う事で、Cleric、聖職者、神官、使徒、西洋人勘違い所謂神聖魔法使い
クラスのお薦めです。

  最初に、コレはヤバイ話題になるので、極力書かれた事よりも書かれなかった事が
多くあると言う事で、ピーと言う消去音が入りますのでご配慮をお願いします。

 まず元祖で本家、かつ、全世界的には広まったのイメージは、疑いなく、
所謂キリピー教の聖戦、所謂、十ピー軍に従軍した武装聖職者戦士
の方々です。

 そしてTRPG版としては、満を持して1977年の、
First Edition Advanced Dungeons & Dragonsで、
http://www.mjyoung.net/dungeon/char/clas009.html
で正式にCleric Classとして登場します。

  勿論、罰当たりな東洋の片隅世界でAD&D 1st/Rev.=1.x系を1977〜9年前後遊んでいた
グループ内では、
A氏「こっコレ、ヤバクねぇ?」
B氏「あぁ、カミの声が頭の中で聞こえる、とか、夢の中でお告げがぁ、とか」
C氏「でっ電波系!」
D氏「Radio Head!!」
E氏「まぁ、このゲームの中の世界では、カミと言おうか強力な超越的存在が実存するワケで」
F氏「信仰は力なり!!!」
などなどと救い様の無い不信心者どもの冒涜的な会話が続き、
A氏「オレ、コレやだよ」
B氏「居ないと、治癒できないゼェ」
C氏「死からの復活!」
D氏「No Cure No Life!」
E氏「まぁ、このゲームの中の世界では、それらの強力な超越的存在がそれらの奇跡を行うワケで」
F氏「信仰は力なり!!!」
と、
「先にPCが死んでしまったブレイヤーさんが、死んだPCの復活を拒んで、
 (「カミに屈する位なら、人/エルフ/などなどとしての死を選ぶ!!!」)
 ほぼバツゲームとして、次に死んだPCのプレイヤーさんが出るまで
 現在のCleric PCと交代して、または、新しいCleric PCを作成して、
 回復役をやらされる」
と言う交代制のNPC的なクラスでした。
(その様にしてCleric PCのプレイ時間が多くなりました)
 まぁ、1980年代以降は、色々な所謂コンピューターゲームなどで、
「所謂、あくまでゲームとしてのゲームの中での回復役の立ち位置が確立」
されましたので、
「極力お行儀よく政治やお金と同じく信仰の話題を出さずに、
 広く遊べれています(走召糸色木亥火暴)」
が。

  最後に、一番の誤解となっているのは、
一神教と多神教、汎神論的自然神、奇跡は究極の科学
のイメージ群のごちゃ混ぜですかね。
(このためにTSR社系は2010年代後半まで数々の法的訴訟を抱えていたワケです)


  閑話休題。

  さて、ここまでが長い前振りでしたが、Clericクラスのお薦めに行きます。

   ずばり書くと、
「初めて遊ぶTRPGのPCとして、
   プレーヤーパーティー内でほぼ唯一の良心、
 他のプレーヤーさんのPC達の命を直接救う真のパーティーリーダー」
として、パーティー全体の成功を担う、または、全滅に導く、という
一種のありがたい遊びが体験できます。
 多分、正直、所謂人生修養としては最適な部類に入ると思います。

  つまり、
1  回復/復活させてあげたPC達から「ありがとう」の一言の感謝の言葉すらない。
 感謝する、と言うありがたい感情の大切さを学べます。
 また本当に感謝の念が感じられない、薄っぺらな言葉と言うものを知る事が
できます。
2  PC死なすと、全てCleric PCの責任として、他のPC達から無言、有言の避難を
 一身に浴びる。
 どんな命も大切である、と言う命の貴さと儚さを学べます。
3  破壊と殺生によって物事の解決を目指すのでは無く、治癒と再生によりに物事の
 解決を目指せます。
 最終的な結果はどうであれ、常に己の良心に前向きでいる大切さを学べます。
4 正論を吐いても、そのまま当前の台詞としてロープレできます。

  畢竟、
「案外、変に色々と考えないで、本当に素直に普通に考えて素直に遊べる」
という事です。

  が、ここからが、しかしです。

  主にTRPG的な主に状況からの心理的なデメリットですが、

1  当前に他のPC達のゲーム的命を預かってますので、案外根気が疲れる。
2  治癒と復活に喜びを感じられないと、破壊と殺生の衝動に揺さぶられて
 ダークサイドに落ちやす。
3   本心から無神論者の方々だと、自分がどうしょうもない偽善者に思えて、
 正直ツライ。
4 奇跡とかじゅなく、謎の薬草やポーションとかで治癒、復活させて欲しい、
 強く思い始める。



   最期に、個人的には正直、
「バツゲームでしかCleric PC遊べないですが、
 ゲームとしてはCleric PCいないとゲームにならないので(走召糸色木亥火暴)」
色々なCleric PC遊んじゃいますです。
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