アルマさんの過去のタイムライン
2025年05月
| シマエナガ三銃士⇒アルマ | |
2025/05/23 20:12 [web全体で公開] |
> 日記:SW2.5 のシナリオはすごろくか セッションの楽しみ方のどこに比重を置くか。 それはGMであっても、そして参加されるPLさんであっても、本当に千差万別かと思われます。 戦闘に比重を置く人もいれば、RPに比重を置く人もいます。判定で成功することに快感を覚える人も見たことがあります。 もうちょっと細分化して例を挙げると... ・大ダメージを与えることを楽しむ人がいます ・クリティカルで大回転したい人がいます ・戦闘に全く興味がなく、世界観を楽しみたい人がいます ・キャラクターになりきってファンタジー世界の空気を吸いたい人がいます ・判定に成功するというゲーム性を楽しむ人がいます ・NPCとの掛け合いがしたい人がいます ・魔法などで誰かを癒すのが好きな人がいます ・TRPGという行為自体が好きで和気藹々とした雰囲気を楽しむ人がいます ・強力なキャラクターでオレツエーしたい人もいます ・ギリギリの難易度で達成感を得たい人もいます ・勝敗によらず物語そのものに期待する人もいますね みんな楽しみ方はそれぞれなので、探索パートも、バッドエンドも。それぞれに含める意味はちゃんとあると思いますよ。GMする側が思っている以上に多様性に溢れていて。GMが想定していない楽しみ方をしてくれる人もいるんですよ。 確定でバッドエンド直行なシナリオだけは、本当に人を選ぶと思いますが。
| アルマ⇒カイ | |
2025/05/22 22:53 [web全体で公開] |
一個人の考察なので、これが絶対正しいとは全然思ってないのですが、少し極論で考えすぎたかもですね。 私もみんなでワイワイやるのは好きで、だからこそ、探索ってどう描写したら楽しくなるんだろう?どこが楽しんだろう?どこで判定振らせたらいいんだろ?と疑問に思ったのがこれを書いた理由です。 公式シナリオでバッドエンドが必要なのは理由があると思っていまして、主に2点。 ・ソロ向けの調整 ソロモードがあるシナリオはバッドエンド分岐が無いとプレイヤーにリスクを与えられません。遊びにおけるリスクはご褒美ですから、故に必須となります。 ・ブックとしての価値 シナリオ集として発売する以上、それを何度か遊んでもらうことでユーザの遊ぶ時間を向上出来ます。分岐が無いと一度プレイしてしまえば終わりになってしまうわけです。 こういった理由により、シナリオのルート分岐を書かざるをえなくなります。 ところが、私が個人で作り、身内で消化する場合、いくら複数ルートを作っても、どれか一通りしかやらない、やれないことの方が多いのです。バッドエンドから始まる物語、は存在しないんです。 バッドエンドは用意してなくてもGM的にはPLが動いた結果を良い方向に描写する、あるいはそうでなくても感動的なドラマになるようシチュエーションを考えた方がお互い楽しめるんじゃないかなと考えています。 たった一度のシナリオ、その結末がプレイヤーの満足度に直結してしまう。そんな状況でわざわざここのルートを踏むとバッドになるぞというような選択肢をシナリオに組み込む必然性は薄いなと思いました。 最も、私含め身内が自分のキャラロストを嫌がる人が多い、というのもこのような考えに至る一つの要因かもしれませんね。
| カイ⇒アルマ | |
2025/05/22 22:12 [web全体で公開] |
> 日記:SW2.5 のシナリオはすごろくか 負けて悔しいの中にも色々種類はあるので バッドエンドは用意する必要ないは言い過ぎかと思います 公式でも失敗ルートの情報なども乗せていることですし バッドエンドから始まる次の話などもあります それと「結局のところ戦闘が楽しい」というのはあまりにも個人の意見すぎるので同意はできません いろんなCPをやっている身としてはこのメンバー(PC達)でワイワイしたいというのも大きな要因なので リスクリターンとか言い始めると遊び自体がいらなくなってくるので、余白は大事ですよ 失敗してたらこんなことがあったかもというのを匂わせるということも可能だったりしたりすると思います
| アルマ | |
2025/05/22 20:38 [web全体で公開] |
😶 SW2.5 のシナリオはすごろくか (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)結論、双六ではない。 私は、何度かGMをやってきたが、GMとしてどのようなシナリオを作れば参加者達が楽しんでくれるのか、シナリオを自作する際にはいつも悩まされている。 ここではどのようなシナリオを作って遊んでもらえばプレイヤー達はゲームより楽しむことが出来るのか、その考察を書いていこうと思う。 しばしば、TRPGはストーリー付きの双六と比喩されることがある。 すごろくは楽しいゲームだが、あれは対戦博打ゲームだから成り立っているものだ。 ゲームには基本的に駆け引きが必要になる。 すごろくは対戦相手との競争に駆け引きが発生するが、SW2.5の探索にはプレイヤー間の競争は存在しないことはすぐにわかる。 ではプレイヤーは一体何を目的としてSW2.5を進めているのだろうか。 TRPGはロールプレイングゲームである。 プレイヤー達は各々の役割に分かれて協力し、シナリオのクリアを目指すのである。 TRPGの勝利とはプレイヤーが楽しかったと思えることだ……というのはSW2.5の1巻に書かれている。 だが、ちょっとまって欲しい。 依頼失敗や世界の滅亡、キャラロストを楽しめる人はかなりマゾ寄りの特殊な方だけではないか? 多くの人は負けるよりも勝つ方が楽しいし、負ければ悔しいと思うものではないだろうか。 シナリオをバッドエンドで終えた時、果たしてどれくらいの人が悔しがらずに、それどころか楽しかった!良いシナリオだった!と、思えるだろうか?……ほとほと無理な話だ。 つまりは、暗黙的な勝利条件、明示されない勝利への前提条件が残念ながら存在してしまうのである。(勿論一部の人の楽しみ方を否定するつもりはないが) なので、プレイヤー達は多くのシナリオにおいてグッドエンドを目指す事になるだろう。 しかし、自分がGMとしてシナリオを自作するとなった時、プレイヤー達につまらない体験が起こる可能性……すなわちバッドエンドを残しておく必要がどこに存在するのだろうか? 無いのである。グッドで終えた方が楽しいのだから、わざわざバッドエンドを描く必要がないのである。 そうなってくると、前提からして怪しくなってくる。 プレイヤー達は別にグッドエンドを目指そうが目指すまいが、必ずグッドエンドになるのである。 ここにゲーム性は残念ながら存在しないのだ。 ゲーム性を持たせるとシナリオがつまらなくなるのだ。 例えばNPCから情報を引き出せずに重要な情報を逃したせいでシナリオが失敗したら?その体験は楽しいか?NOである。 では本当にプレイヤー達が目指してもらうべきなのは、あるいは無意識のうちに目指しているものは一体何なのだろうか? SW2.5におけるシナリオは大まかに以下のフェーズに分かれてる。 探索パートと戦闘パートだ。 探索パートではダンジョンないしは町等での謎解きや冒険を行い、戦闘パートでボスと戦い勝利した後にエンディングとなる。 ことSW2.5はルール上かなり戦闘に重きを置いたシステムを採用している。 結局のところ、戦闘が楽しいのである。 そして、戦闘は明確に勝利と敗北が存在している。敵の陣営の殲滅だ。 ご存知だとは思うが、SW2.5にはキャラロストがある。戦闘での敗北はキャラロストに直結するため、事実上のゲームオーバーである。 探索パートでバッドエンドの可能性を作らないならば、ほぼ唯一ゲームオーバーの危険があり、ゲーム的に楽しいシーンこそがSW2.5における戦闘と言えるだろう。 そうであるからこそ、プレイヤー達は戦闘で如何にして優位に立つかを考えてしまうはずだ。 それは探索パートであっても変わらない。 不要な戦闘やリソースの排出を避けようとしてしまう事があるだろう。それはシナリオの最後に待ち受けるであろうボスに対して優位に立ちたいからである。ゲームオーバーの回避はプレイヤーにとって暗黙の勝利条件だからだ。 勿論、GMはそんな事は百も承知で敵を配置している必要が出てくる。先程も述べた通り、ここでもゲームオーバーの可能性はなるべくない方が望ましい。何度も言うがロスト=負け=つまらないだからだ。 かと言って、余裕で勝てる敵ばかり並べても何のカタルシスもないだろう。 シンプルな話、ここは多少のリスクを犯して程よい敵を配置する必要がある。 リスクを低くしてプロレスにするかリスクを高くしてゲームにするか、それはシナリオ制作者の裁量によるだろう。 ただ、経験的には意外とプロレスの方がウケる。人は圧倒的優位に立つと楽しくなるものなのだろう。不思議だ。 どんな敵を配置したとて、よっぽど戦力差のある雑魚でなければ、極論プレイヤーがピンゾロし続ければ負ける、戦闘に立った時点でそれなりのリスクをプレイヤーは受けているのだと言うことを忘れてはならない。 さて、長くなってしまったが、SW2.5のシナリオが如何に戦闘を推しているかはよく分かった。 では探索パートは? そう、一見ロールプレイングのメインのように見えてゲームをしようとするプレイヤーからみてこれほど嫌な存在はないだろう。 PCのリソースは有限である。 その補填が報酬になるのだが、クエストクリア=シナリオクリアまで報酬がない以上は、ルール上、シナリオの開始時点が最もPCが強いタイミングとなる。 すなわちボス戦で最も優位に戦うにはシナリオ開始の状態を如何に維持するか、というものになってしまう。 探索パートそのものがプレイヤーにとって最もつまらない時間になってしまうのである。 即興劇やキャラ同士の漫談が楽しいという人もいるだろう。当然TRPGはそういった要素をいくらか含んでいるものだ。 とある動画でも言っていたが、なりきりやおままごとは、人は本能的にそれを楽しめるように出来ているのだ。 だから、そこをプレイヤーが楽しんでくれるのはなんら問題はない。 ただし、シナリオ制作時点において作成者がそれをアテにしていてはいけないだろう。 即興劇には一定のリアルスキルがいる。 TRPG がゲームの程を成しているなら一定の楽しさをシナリオから提供していきたいものだ。 そうでなければ、リアルスキルの保持者以外は楽しめないものになってしまうだろう。 そこで、色々な方法を取ってみた。 例えば、判定に失敗するとダメージを受けてしまう罠を置いたり、宝箱を設置してみたり…… だが、驚くほど、いや、もう予想どうりなのだが、判定自体は別に楽しくはないのだ。 ダメージを受ける可能性のある宝箱があったとして、その中身はプレイヤーからは何かわかるはずもないわけだ。 ダメージを受け、リソースを失いボス戦で不利になることを天秤にかけて中身が空かもしれない箱を空けたいかと問われる。 プレイヤーは中身が支払うリソース相応かどうかを見極め、それに挑戦するのだが…… プレイヤーにダメージを負う罠が仕掛けられてたとして、判定でそれを回避できるとして。 挑戦する意味は?……ないのである。 ほとんどの場合、支払うリソースの方が痛いのだ。 仮に高級なアイテムが入ってたとして、リソースを支払った時点でプレイヤーは不利を負っている。ロールプレイで盛り上げたいだけの人を除いて、単にゲーム的に考えればそれは全く楽しくないのである。 故に可能であればプレイヤーはボス戦に直行したがるものだ。 プレイヤーはボス戦までの道中に障害物があるから仕方なくリソースを吐いてそれをどかしているだけに過ぎない。 単純な罠のない宝であってもそれを見破る手段がないならプレイヤーのリスクは何も変わってないのだ。 ではあらかじめリスクとリターンを開示したらどうだろうか?それをただ優位になるからと鍵開けしたところで何か楽しいだろうか? ゲーム的に言ってしまえばただのアイテム、あるいは情報の配布でしかないこのイベントになんの価値があるのか。開始時に支給してもゲームとしては何も変わらないではないか。 ……ちなみに情報を秘匿し、それを報酬にするのはあまりオススメしない、情報の不足はバッドエンドに繋がりやすいからだ。繰り返すがバッドエンドは良いシナリオにならない。 まぁ、人は詫び石を貰えるとちょっと嬉しい生き物なので、無料でアイテムを貰えたら嬉しいのは道理だが……やっぱりゲーム性はない。単発のセッションなら尚更だ。 ゲーム性はリスクとリターンが生んでくれる。 探索パートではリスクの除去がプレイヤーの使命になるが、プレイヤーが真に喜ぶのはリスク自体を受けないことだ。 皆様はPL達がボス戦を前にしてテントを張り始めた経験はないだろうか?私はある。 夜襲等のリスクを負わせることもできるだろうが、基本的に許可している。 システムで許可されたリソースをなるべく高くするための行動。自然なことだ。これまでのリスクを帳消しにできる。ゲーム性は消える。 それでもやりたがる人がいるのはそっちの方がSW2.5というゲームシステム的に嬉しいからなのだ。 この矛盾がSW2.5シナリオ制作における最大の難点である。 つまり、よりよい探索パートにはSWの戦闘におけるゲーム性を極力排除しつつ、それでもゲーム的に楽しめるように、かつ、シナリオ失敗を排除する形で制作することが求められる。 ここで冒頭に立ち返って見てみる。 SW2.5はすごろくとは異なり、プレイヤー全員、ひいてはGMも含めた協力ゲームである。対戦ゲームではない。 対戦ゲームじゃないので、プレイヤー単位で優劣をつけることはなるべく避けたい。 例えば一人だけガメルを沢山支払うことになってしまったとか、そういうのは理不尽と捉えられることがある。逆もまたしかりだ。あまり良いゲーム体験と言えないだろう。 ほとんどの場合、シナリオにおける不利益はプレイヤー全体が被ることになる。 ここでいう、シナリオにおける不利益はリソースの消費とエンディングまでの距離で表せられる。 プレイヤーはシナリオクリアを目指すのだから、障害物をどれだけショートカットできるかが純粋な報酬になるのだ。 しかし、誰とも競ってないすごろくはリスクがないためゲームにならない。ただの運。6が出るまでサイコロをふっただけ、これは面白くない。 つまり、SW2.5のシナリオをすごろくとして見てはいけないのである。 協力ゲームの楽しさの本質は、個々の活躍にある。 ようは、自分のおかげでパーティーが勝利したとか、この状況にこそ、協力ゲームの楽しさが存在しているのである。 それこそが、基本的な探索パートのシステムにおけるシナリオの楽しさだ。 「自分が」ロールプレイングした結果、「自分が」判定をした結果、「全体が」探索パートを短縮した。 この図になることではじめてプレイヤーはストーリー以外の面、ゲーム性の面から探索パートを楽しむことができるのである。 ここでのリスクは「他の誰か」に活躍の場を奪われることにある。 別に競っているわけではない。だが、一つのシーンで最も活躍できるのは一人だけである。必然的な順位が発生しているのだ。 図書館でセージが調べものをする際、スカウトは暇になる。が、セージはそこが一番の見せ場、楽しい、同じ協力ゲームをしていても一番楽しんでいるのは助ける側だ。 探索パートのゲーム性はここに初めて存在する。 プレイヤーが活躍の機会を逃すリスクに対してリターンを設け、いくつかの機会に分けて選択させるのだ。 活躍の機会を得る側にリターンはない。活躍そのものが最大のリターンだからだ。 基本的に、リターンの得られない選択肢を選ぶ人はいない。 なので活躍シーンに対してその活躍度合いの大小や反対に逃す選択肢でのリターンを提示することで如何により良いタイミングで活躍できるかを駆け引きさせるのである。 こうすることで、次はこういうロールプレイングで活躍してみよう、だとか、今回はあんまり活躍しなかったけど次は逃さないようにしたいといった欲求を持たせることができる。 そうなればきっと、今回のシナリオが「楽しかった」と言ってもらえるはず……と私は思う。
2025/05/24 04:38
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