有馬山さんの過去のタイムライン

2023年05月

有馬山
有馬山日記

2023/05/12 08:17

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😶 TRPGが遊べると嬉しい
タイトル通りです。
久しぶりで慣れないことを含めた己の至らなさをしみじみ感じていますが、それ以上にTRPGないしインセインが遊べて嬉しい気持ちがあります。
GMの用意した卓の中に入ること、同卓PCのRPを見ること、他者の上手い話運びや演出を見ておお〜と思うことなど、どれも1人では得られないものなので感謝しています。
日記では浮かれきった人間性をなるべく抑制していますが、本来浅慮で感嘆符ばかりつけて喋る……と言うより、それが許される場に甘えていた経験が長いため、馴染みのある「友好的なしぐさ」が場にあっているかを考えず、反射でやってしまっている気がします。気を付けたいです。

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有馬山
有馬山日記

2023/05/07 15:09

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😶 プレイ傾向 推理/考察編
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)タイトル通りです。書いていきます。

【推理/考察】
苦手と提示していますが、これは自分がさり気ない情報に気付く力が低く、(特にミステリ分野において)「これで正しいはずだ」と思える答えを打ち出す事がかなり苦手だからです
端的に言えばアホ介なので、判定結果では開示されない答えをPLの推理で導き出すシナリオにおいて私の脳が役立つことはないと思います。

私が最も己の推理苦手を痛感するシステムはフタリソウサ、次いでCoCです。
フタリソウサに至っては全ての知ってたカードを公開しても真相がわからんがどうしたらいいんだ!?!!!?という事が珍しくありません。この感覚を例えるなら「数字は読めるが計算はできない人間が『答えは4×2+15だよ』と言われた」みたいな感じです。
CoCの場合、シナリオ中に明確な答えが提示されずヒントのみを点在させる、所謂リアルアイデアが鍵になるシナリオも多く存在する為、愚か者の自分にはエッ!?!わからん……死ぬかもしれん…………と狼狽するケースが多いです。
多人数で遊ぶ際は皆で考えればよいですし、1人の場合は死ぬのは自分だけなので、それが理由でリアルアイデアは絶対に嫌!という事はありません。が、推理考察シナリオにおいて自分が推理面で貢献する事はおそらく難しい………という意味で『苦手』としています。

余談ですが、HO製のシステムではそもそもの答えがHOの裏にある事が珍しくない為、上に挙げた二つより私のようなアホに優しいと感じています。
勿論、「どのHOに目当ての情報があるか確信できないが、全て調べる手番はない」という状況ではPLの推測が必要ですし、そのような時はいつも緊張します。
が、その緊張感と選択が手番性システムの楽しみだと感じており、私自身もそれを楽しんで遊んでいます。

まとめるなら

・嫌いで遠ざけている訳ではないが、PLとしての推理で役立つ自信が全くない
・判定によって確実に情報が出る方がありがたい。

という感じでしょうか。

次からは迷いすぎて好き/苦手で回答できなかった項目たちに入ります。
一先ずは【秘匿】です。
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有馬山
有馬山日記

2023/05/06 23:12

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😶 参加卓が楽しみ

そのうち慣れるだろうとは思うのですが、呟き系SNSのような気軽さで日記を使う事に未だ慣れません。
結果「日記」という場所をつい長々としたことを語る場にしてしまっていますが、もしここがリアルタイム性の高いSNSであったなら、日々「卓が楽しみだ」と浮き足立ち、自分のPCのくだらない属性を中空に向かって喋り、同卓者のキャラクターシートを見てやれ恐怖心がかわいい、やれアビリティが興味深いと1人で喜んでいたかもしれません。
(実際そんなに大胆になれないとは思いますが、気持ちはとっても楽しみということです)

私は楽しみな事を心の中だけにしまってスンとしていることが難しい為ついつい浮き足立っていますが、当日は落ち着いた気軽な気持ち(※)で遊ばせて頂こうと思っています。

(※
野良卓を軽んじる意味での「気軽」ではなく、「予定の合った人で遊ぼう」という、初対面の珍しくない場に異常な期待感をもって臨んでくる人間がいたらきっと恐いだろう…………と感じるが故の、「そういうつもりではないんです!!!」という弁明です。
でも気軽の範疇の中では最もワクワクしています)
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有馬山
有馬山日記

2023/05/03 21:17

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😶 最初のTRPG体験(ネクロニカ)
「長いので畳む」という文化を覚えました。
私の日記はおそらく常に常識外に長いので、これからは畳もうか、と考えています。

ともあれタイトル通り、最初のTRPG体験であるネクロニカの話であり、私の最初の感情移入体験の話です。

私のTRPG原体験は、友人に誘われて遊んだ2PLの「永い後日談のネクロニカ」でした。
GMをやってくれた友人の家でマップシートを広げて、公式キャンペーンシナリオを1日かけて駆け抜けたのが初めてのセッションです。
その時の思い出でずっと忘れられないものがあります。


私のPCはジャンクの前衛、友人のPCはアリスの後衛でした。
キャンペーンの最終戦、エネミーの攻撃は非常に苛烈で、PCはどんどん基本パーツを失っていきました。

後衛の姉妹を守るためにも自分は地獄に位置取る必要があるが、このままでは攻撃手段まで破壊されてなす術もなく負けてしまう。
そんな極限状況で、私は自分のPCならば所持スキルの【半壊】を活かし、【たからもの】を受けパーツとして活用できることに気付きました。
結果、キャンペーン内で得た全ての【たからもの】を破壊されながらも死守した【ジョギリ】を振り回し、最後は姉妹の【対戦車ライフル】によってなんとかボスを倒すことが出来たのです。

システム的に言えば「性能を上手く活かし、リソースをギリギリまで使って緊迫感のあるラスボス戦が出来た」という話に留まります。
ですが、いつの間にかドール達の旅路に没入していた私にとっては、少しも”それだけ”ではない、本当に劇的なシーンでした。

私はいくらでもこの劇的さ、溢れ出る感情について語る事ができるのですが、「このシーンがどう劇的だったのか」を言葉を尽くして語ったとしても、私以外の人間に余さず同じ感情が伝わる事は困難だと思います。
私の言葉が足りない以上に、「自分だけが体感した物語の全部を他者に共感させる」なんて事はそもそも出来るわけがないですし、他人にとってはそれこそ他人事でしかない……と思う為。
(私は没入度が高いので、望まぬ他者を巻き込まないように「他人にとっては他人事」としています。
他人には分かんないでしょうね……という悦に入っているのつもりはないのですが、言葉的にそう見えてしまう気もするので、良い表現がないものかと今でも考えています。何かないものでしょうか。)


私の最初のTRPG体験はそのようなものでした。
一番大事なものだけを死守し、他を切り捨てながら戦うしかなくなった時に【たからもの】を盾として使い潰した自分と、その光景を【スコープ】越しに見届けながら最後の一撃を担った姉妹。
終わった世界でなお【少女】であり続けた姉妹のその時の感情を想像する度、私はTRPGという遊びを知ってよかったと思います。

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