アイン・エパシパ・プレイアス(ソード・ワールド2.5用キャラクターシート)
あかねが作成したTRPG「ソード・ワールド2.5」用のキャラクターシートです。
アイン・エパシパ・プレイアスの詳細
| キャラクター情報 NPCでの使用は不可 | ||
| TRPGの種別: | ソード・ワールド2.5 |
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| キャラクター名: | アイン・エパシパ・プレイアス | |
| ♥: | 28 / 28 | |
| ♥: | 15 / 15 | |
| 外部URL: | ||
| メモ: | 渾名:ダテチャック(意味:食べ残し) |
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| 詳細A: |
【種族】 ウィークリング(ミノタウロス) 【性別】 女性
【年齢】 18歳 【生まれ】 戦士
《基礎能力値》
【技】 8 【A】 2 【B】 10
【体】 10 【C】 10 【D】 4
【心】 5 【E】 8 【F】 9
《能力値》
【器用度】 14 〔器用度ボーナス: 2 〕 +2+2
【敏捷度】 19 〔敏捷度ボーナス: 3 〕 +1+
【筋 力】 30 〔筋 力ボーナス: 5 〕 +3+7
【生命力】 16 〔生命力ボーナス: 2 〕 +2+
【知 力】 15 〔知 力ボーナス: 2 〕 +2+
【精神力】 15 〔精神力ボーナス: 2 〕 +1+
【生命抵抗力】 6 【精神抵抗力】 6
【冒険者レベル】 4 【経験点】 2080
【ファイターレベル】 4
【エンハンサーレベル】 2
【アルケミストレベル】 1
【スカウトレベル】 3
《判定パッケージ》
【技巧】 5 【運動】 6 【観察】 5 【知識】 2
【魔物知識】 0 【先制力】 6 【移動力】 3m/ 19m/ 57m
【基本命中力:ファイター】 6
【追加ダメージ:ファイター】 9
【基本回避力:ファイター】 7
{武器}
ミノタウロスアックス(装備)
用法:2H 必筋:30 威力:45 C値:11
ブローバ(未装備)
用法:2H 必筋:22 威力:37 C値:11
{防具}
スプリントアーマー
必筋:15 防護点:5
【回避力】 0 【防護点】 5
{種族特徴}
【蛮族の体:筋力+3】【弱点:魔法ダメージ2点】【暗視】【剛力:近接攻撃+2点】
{戦闘特技}
【全力攻撃1】
【薙ぎ払い1】
{魔法など}
【練技】
・マッスルベアー
・キャッツアイ
【賦術】
・ヴォーバルウェポン
{言語}
・交易共通語/会話と読文
・汎用蛮族語/会話と読文
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| 詳細B: |
《フェロー行動表》
【1d】 1/2 【想定出目】 7 【達成値】
【行動】
【効果】
【台詞】
【1d】 3/4 【想定出目】 8 【達成値】
【行動】
【効果】
【台詞】
【1d】 5 【想定出目】 9 【達成値】
【行動】
【効果】
【台詞】
【1d】 6 【想定出目】 10 【達成値】
【行動】
【効果】
【台詞】
《フェロー報酬》
【経験点】 なし 【報酬】 不要
{所持品}
・マテリアルカード
赤A:3枚
・薬品
ヒーリング:4個
アウェイク:1個
魔香草:2個
・スカウトツール
・生活消耗品
冒険者セット:背負い袋/水袋/毛布/たいまつ6本/火口箱/ロープ10m/小型ナイフ
保存食:1週間分
着替えセット:1週間分
火酒シャムシャ:3瓶
{装飾品}
頭
顔
耳
首
背中
右手:スマルティエの増強の腕輪(器用度)
左手:スマルティエの増強の腕輪(筋力)
腰:アルケミーキット
足
その他:スマルティエの増強の腕輪(筋力)
【名誉点】 12 / 12 【冒険者ランク】
《所持金》
【現金】 1095 【預金/借金】 |
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| 詳細C: |
{設定など}
【幼少期の環境】
・ごみの中から貧相な君を見て、親は生ごみと一緒に即座に捨てた(満腹だったのだろう)。
・流産して、一緒に捨てられていた女に拾われて生きた
【冒険に出た理由】
・他に生き方がなくて
【ハプニング表】
・6歳
平和に過ごした。
・12歳
何者かに攫われた(蛮族)。
・15歳から
故郷が戦争や襲撃で破壊された。
【信条】
・復讐:肯定
・奪取:否定
【矜持/執着】
・挑戦は必ず受ける
【剣星紋/運命紋】
・死を繋ぐ光
戦闘不能になった際、1R後にHP1で復活(1日1回)。
【背景】
《屑の中の星》
清潔なシーツ、母の温もり、適切な温度に保たれた部屋。
本来、生まれたばかりの赤子が最初に知るべきはずのそれらを、彼女は何ひとつ知らぬまま、この世に産み落とされた。
汚泥を含んだ灰色の雨が降りしきる中、生ごみの山に埋もれるように蹲り、泣く力すら残さず、ただ訪れる死を待つだけの命。
死肉や腐肉を貪る肉食獣たちが幼い彼女を囲み、互いに牽制し合っていた。狙うは、息絶えたばかりの小さな骸。否、ただひとりを除いて。
その女もまた、酷く衰弱していた。骨ばり、氷のように冷え切った体。皮膚とわずかな肉と筋の腕で赤子を抱き上げ、近くに落ちていた廃材を振るって獣を追い払う。
その名はパーシエ。
パーシエはかつて冒険者として名を馳せた女性だった。サバイバルの技術も、磨き抜かれた戦いの勘も、衰えこそあれ完全には失われていなかった。彼女は雨を凌げる廃墟の隙間を見つけ、湿った木片を必死に乾かして焚き火を起こし、赤子の体温の低下を食い止める。道中で拾った刃こぼれだらけの片手剣を握り、ただひとつの誓いを胸に刻む。
――この子だけは、護らねばならない。
相手が人間ではないこともわかっていた。穢れこそ薄いが、ミノタウロスの雌であることも。
だが、それがどうしたというのか。尊い命をゴミのように捨てる理由にはならない。それは、パーシエ自身の信念が決して許さなかった。
安心したように、安らかな寝顔で、彼女の腕の中で眠る赤子。
パーシエはそっと微笑み、囁いた。
「アイン。あなたの名前はアインよ」
それは、彼女の故郷に伝わる童話に登場する英雄の名だった。
この日から、赤子はアインとなった。
それからしばらく、二人には穏やかな日々が訪れた。
もちろん、この街の治安は決して良いものではない。ここは数十年前、ドラクリヤ覇龍国に蹂躙され、完膚なきまでに破壊された人族の都市の残骸だ。残る住人といえば、野心に溢れた若い蛮族、狂気の魔術師、犯罪者、難民、そして時折、覇龍国の者が投げ捨てる廃棄物を漁るハイエナのような者たち。
それでも、2人にとっては平和だった。蛮族や魔神、アンデッドの奴隷になるよりは、はるかに自由で、命の危険も少なかった。
何よりパーシエは強かった。都市最強とまではいかずとも、軽々しく手を出せば必ず痛い目を見る、それほどの実力を持っていた。
アインが聞いた話によれば、パーシエはかつてブロードソード級の冒険者で、活動していた都市でも名の知れた存在だったという。奴隷としてこの地に捨てられた後はしばらく息を潜めていたが、体力が戻るや、都市の有力者たちに挨拶回りを行い、自らの存在と脅威を知らしめた。以来、時折、用心棒の依頼が舞い込むことはあっても、それ以外の干渉はなく、2人は静かに暮らしていた。
アインは見様見真似で武器を振るい始めた。パーシエは長剣の使い手だったため、ガラクタの山から似た形の鉄塊を探し、ひたすら素振りを繰り返す。ある日、その姿を見たパーシエが言った。
「アインは剣じゃなく、斧の方が合うね」
肩を揉み、骨格や筋肉のつき方から判断した言葉だった。
だが、アインは首を横に振る。
「でも、剣のほうがいい!」
パーシエへの憧れが、もっとも似合う武器を拒んだ。確かに斧の方が馴染む感覚はあったが、それでも剣を振るい続けた。続ければ、それなりの技量は身につく。だが、この時から斧を取っていれば、アインの戦士としての練度は、もっと高みに到達していたかもしれない。
10歳になるころには、1人で街を歩いても自衛できる程度の腕を持つようになっていた。もっとも、それはアイン自身の力というより、背後にいるパーシエの存在が抑止力となっていたからだ。彼女に手を出すのは、何も失うもののない無頼漢くらいだった。
金銭的には決して裕福ではなかったが、それでも平穏だった。
――この日々が永遠に続くと、アインは信じていた。
12歳の時。日常は終焉を告げた。
ゴブリンハイキングに率いられた上位種を含む大量の妖魔の大群に都市が襲撃された。
単体の強さで言えば都市に同等かそれ以上の実力者は居た。当時のアインも単体のゴブリンなら何とかなっただろう。パーシエであれば大群の主であるゴブリンハイキングを含め、上位種すら単体や少数であれば単身で相手取れた。
だが、その数は莫大であった。都市の総人口は恐らく3000人前後。対する大群は5000にもなった。その殆どが下位妖魔のゴブリン・フーグル・フッドであったが、中にはボルグやゴブリンシャーマン、フーグルアサルターにボルグヘビーアームも数多くいた。作戦なども無い津波の様な暴力の群れは、連携も何もない都市の住人を容易く蹂躙した。
『抵抗する奴は殺れ! 金になりそうな奴は捕らえろ! 特に女子供は金になる!』
陣頭指揮をとるボルグラウドコマンダーがそう叫んだ。
数少ない組織的な反抗ができた犯罪組織や武装勢力、それらを取りまとめ偉そうにしていた権力者も抵抗や命乞い虚しく、妖魔の餌食になっていった。
灰色の空に響く地響き。街の都市を駆け抜ける風は、死の匂いを帯びていた。
「アイン! こっちよ!」
パーシエは先頭を走りながら剣を振るい、下級妖魔を撫で切りにしていく。アインは全力でその後ろをついていく。
下級妖魔は数えきれず、フーグル、フッド、ゴブリンたちが壁を屋根を飛び越え、住人を蹴散らす。
「もう少し! もう少しだから頑張って!」
物陰と割れた窓硝子の内側から、同時にフーグルアサルターが鋭い放たれた矢のような勢いで、血で濡れた鉤爪でアインに襲い掛かる。
「ふっ!」
その爪がアインに触れるよりも前、パーシエは回転しながら直剣を振るう。鉄に爪が弾かれ、2体の態勢が崩れた隙に1体を逆袈裟で切り伏せ、もう1体を振り向きざまに剣を投擲し串刺しにて倒す。
「はぁ......はぁ......」
連戦に次ぐ連戦。それも少女を護りながら。例えパーシエが腕利きであったとしても、その疲労は想像を絶する。深く息を吸いながら、蛮族の骸から剣を抜き、血を振り払う。酷く緩慢な動作だったが、同時に極度の疲労と集中により、その一連の動きは研ぎ澄まされていた。
「行くよ、アイン。2人でこんな街からおさらばして、平和で、温かくて、命の危険に怯えなくていい、そんな場所に行くよ」
彼女は一瞬だけ天を仰ぎ、深呼吸をする。そして再び歩を進める。その歩みは力は強く、その背はとても大きかった。誰よりも強く、逞しく、頼りになる母親。血の繋がりなんてのは関係なかった。母と言うには、年齢が若すぎると言うのもどうでも良い。ただ、少女のアインがそう思ったと言う気持ちだけが唯一だ。
だが、絶望はすぐにやってきた。
――それは、まるで地面そのものが歩いてくるかのような圧。
低く唸るような足音と、鉄を擦る重い音が、濁った空気を揺らした。
路地の先、崩れた石壁を蹴破って現れたのは、赤黒く染まった全身鎧をまとったゴブリン。だが、その身丈は並の人間を、否オーガすらゆうに越え、肩から背中まで獣のように盛り上がった筋肉を覆う甲冑には、数えきれぬ戦傷が刻まれていた。
腰に吊るした大剣は、明らかに人間の鍛冶師が鍛えたもの。血と脂で黒く鈍く光る刃が、ゆるりと持ち上げられる。
「......ゴブリンチャンピオン」
パーシエの声は低く、だが恐怖はなかった。ただ、その奥底に燃える緊張と覚悟だけがあった。
万全なら勝てる相手。だが今は腕が鉛のように重く、息は焼けるように苦しい。それでも、アインを逃がすためなら、立ちはだかる壁はすべて斬り伏せる。
「アイン、後ろに下がって」
「でも......!」
「命令よ」
言葉の刃が、娘の足を縫い止める。パーシエは一歩、前へ。剣を構えた瞬間、ゴブリンチャンピオンが吼えた。
その咆哮は衝撃波のように路地を揺らし、散らばっていた血だまりが波紋を広げる。次の瞬間、巨躯が地を蹴った。
速い。
巨体からは想像もつかない速度で、大剣が横薙ぎに迫る。パーシエは反射的に半歩踏み込み、剣を縦に構えて受け流す。火花が飛び、腕の骨が軋む。
続く二撃目。今度は上段からの叩き割り。パーシエは剣を斜めにして逸らすが、衝撃で膝が地面にめり込む。
「はぁっ!」
力で押し負ける前に、踏み込みざまの突き。鎧の隙間を狙った刃が、チャンピオンの脇腹に浅く食い込む。
血飛沫。だが致命には遠い。逆にそれが、相手の殺意に火をつけた。
斬撃が嵐のように降り注ぐ。
防ぎ、逸らし、身を捩って避け、時折反撃を織り交ぜる。二人の刃がぶつかるたび、金属音が耳を裂き、火花が戦場の灯となる。
だが、疲労は容赦なく彼女の肉体を蝕む。
握力がわずかに緩んだ一瞬、チャンピオンの剣がパーシエの左肩を抉った。骨が割れ、温かい血が服を染める。
「ぐっ......!」
それでも剣を落とさない。歯を食いしばり、血走った目で睨み返す。
次の一撃を受け、半歩下がりながら逆袈裟に返す。刃は敵の兜をかすめ、額から血が流れた。
互いに満身創痍。それでも止まらない。
一合、一合が命を削る。やがて、パーシエの膝がわずかに沈んだ瞬間――。
「――っ!」
大剣が振り下ろされ、剣ごと押し潰される衝撃。鉄の音と同時に、彼女の身体が地面に叩きつけられた。
呼吸が止まる。肺が空っぽになり、視界が白く霞む。
ゴブリンチャンピオンが剣を振り上げた。
だがパーシエの唇が、ゆっくりと動く。
「......逃げて......アイン......」
刹那、彼女は全身の力を振り絞り、最後の突きを放った。刃は敵の腹を貫き、骨を断ち、背まで届く。
だがそれは同時に、チャンピオンの大剣が彼女の胸を貫いた瞬間でもあった。
咳き込み、赤が唇から溢れる。
目の前の敵もまた、膝をつき、血を吐きながら笑った。
パーシエは倒れ、冷たい石畳に背を預ける。
視界の端に、泣き叫ぶアインの姿が揺れる。
「......逃げて......」
まぶたが落ち、音が遠のく。
石畳に倒れたパーシエの体は、血に沈み、息はすでに細く、途切れがちだった。
耳に届くのは、アインの泣き叫ぶ声と、ゴブリンチャンピオンの荒い呼吸だけ。
視界は揺れ、色が薄れていく――まるで、世界が自分を拒むように遠ざかっていく。
その時だった。
闇の底に、ひとつの光が瞬いた。
――まだ終わらせるな。
誰の声でもない。だが、確かに聞こえた。
胸の奥、骨と魂の境目に、熱が宿る。焼けるような、だが不思議と安らかな熱。
カンッ
遠くで剣が地を打つような音が響くと、倒れたはずの心臓が再び脈打った。
脳裏に、形なき紋章が浮かぶ。それは剣のようでもあり、星のようでもある、灰色の輝きに包まれた「運命の印」。
「......!」
パーシエの胸が大きく上下し、血の匂いに満ちた空気を肺いっぱいに吸い込む。
全身に残っていた力が再び呼び起こされる。肉体は限界を越えているのに、不思議なまでに軽い。
彼女はゆっくりと立ち上がった。
脚は震え、血は流れ続けている。それでも、背筋は真っすぐだった。
右手の剣が、かすかに灰色の光を帯びる。それは炎でも雷でもなく、燃え尽きたはずの炭が最後に放つ残り火のような輝き。だが確かに、死を拒む光だった。
「アイン、走れ」
その声は、先ほどよりも低く、揺るぎなかった。
アインは、母の背に宿った不可思議な光を見て、言葉を失う。
ゴブリンチャンピオンが唸り声を上げ、再び大剣を構える。だが、先ほどとは違う。
パーシエの周囲に漂う空気は、血の匂いに混じって、戦場を支配する圧力となっていた。
「来いよ。終わりは、私が決める」
次の瞬間、二つの影がぶつかり合った。
剣と剣が交錯し、灰色の残光が火花と共に弾ける。
パーシエは全ての一撃を、命を削る力で受け、返し、時間を稼ぎ続けた。ただ1人の少女を逃がすために。
アインの膝が笑う。息が喉に詰まり、胸が焼けるように痛い。
逃げながら、それでも振り返ってしまう。そこにいたのは、剣を握りしめ、灰色の光を背に立つ母の姿だった。
「必ず会いに行くわ! だから待っていて! 評議国で!」
その叫びが、炎の唸りと瓦礫の崩れる轟音に溶けた。
次の瞬間、火柱と崩れた建物が2人の間を隔てる。灰が降り、視界が赤と黒に染まった。
「っ!」
涙で滲んだ視界を拭う暇もなく、私はただ走った。
路地を抜け、倒れた人々を飛び越え、脇から飛び出すゴブリンの喉に剣を突き立てる。
刃が骨に引っかかり、震える手で無理やり引き抜く。吐き気が込み上げるが、立ち止まれば次の瞬間には死ぬ。それだけはわかっていた。
「どけぇっ!」
声にならない叫びと共に、振り下ろした剣が別のゴブリンの首を裂く。
血が温かい。怖い。でもやらなきゃ、やられる。
それでもアインは弱い。
息はもう限界で、腕も重く、次に現れた影を見た瞬間、心臓が止まりそうになった。
路地を抜けた瞬間、アインの目の前に巨大な影が現れる。
ボルグ。
人間より大きな体躯に、獣の脚、鎧に覆われた腕。その目が、値踏みするように私を見下ろす。
『ほう......小娘か。顔も悪くねぇ。金になるな』
刹那、世界がひっくり返った。
肩口に衝撃が走り、アインは地面に叩きつけられる。背骨に響く痛みと同時に、手から剣が滑り落ちた。
立ち上がろうとした瞬間、胸ぐらを掴まれ、宙に浮かされる。
息ができない。足が地面を空しく蹴る。
『いい声で泣くじゃねぇか』
頬を殴られ、視界が白く弾けた。
次の瞬間、背中を地面に叩きつけられ、肺から空気が全部抜ける。
腰に縄を巻かれ、両手首を背中で縛られる。痛い。
それでも、足をバタつかせて抵抗する。だが、大きな足で押さえつけられ、力なんて簡単に奪われる。
『おとなしくしろ。売る前に痛めつけると値が下がる』
耳元で低い声が笑った。
空は灰色、街は赤く燃え、黒い煙が渦を巻く。
私は泣きながらも、必死に首を伸ばし、瓦礫の向こうを探した。
パーシエは、見えない。
「かあ、さ......」
言葉は喉で途切れた。縄を引かれ、私は引きずられる。
足元には、かつて家だった場所の瓦礫と、炎と、まだ温かい血があった。
それが、母と離れた最後の景色だった。
そして私は蛮族の奴隷となった。
鎖の音が耳に残る。
それは、私が目覚めても眠っても離れない音だった。
蛮族の奴隷。それが12歳の私の肩書きだった。
最初、彼らは私を「小娘で売れる」と言って市場にかけた。けれど、誰も手を挙げなかった。理由は単純。私はウィークリングだ。
蛮族社会では、それは「弱いくせに人間ぶった卑しいもの」という蔑みの象徴だ。値段は下がり続け、やがて買い手すら現れなくなった。
「売れねえガラクタは見世物にでもすっか?」
そうして剣闘場に立たされたが、私の戦いは見世物というより虐待だった。一撃で地に伏し、血を吐き、観客はつまらなそうに罵声を飛ばす。そんな戦いに金を払う者はいなかった。
それからは、ただの「余り物」として日々をつぶす。
残飯のような食事、雨風を防げない粗末な小屋、監視の目。目立たぬように、怒らせぬように、それだけを考えて息をしていた。
そんなある日、奴隷商の一人が、私を値踏みするように眺めた。
「......そういや、お前、ちょっとは剣握れるんだよな」
返事も待たず、商人は奥に消える。戻ってきた時には、見知らぬ名前を口にした。
「オリヴィア様の護衛にしてやる」
聞けば、彼女は蛮族社会でも有名な存在だった。
絶世の美貌を持ち、貴族や富裕層に奉仕している少女。だが、美しさゆえに危険も多いらしい。
普通の男奴隷では欲望を抑えられず、護衛が護衛でなくなる。
そこで、女であり、戦闘力はかろうじてあり、さらにウィークリングというだけで他の蛮族が距離を置く私が選ばれたのだ。
護衛。といっても、奴隷であることに変わりはない。拒否権などなく、縄をつけられたまま連行される。
連れて行かれたのは、石造りの豪奢な建物の奥だった。重い扉が開き、室内に差し込む光が私を目を細めさせる。そして、彼女はそこにいた。
椅子に腰掛け、本を読んでいた少女が顔を上げる。銀糸のような髪が揺れ、瞳は澄んだ水面のように輝いていた。
年齢は私より2つ下のはずなのに、その姿はまるで物語に出てくる姫のようだった。
「あなたが......私の護衛?」
声は柔らかく、それでいて私を測るような眼差しがあった。
私は言葉を詰まらせた。
彼女は蛮族の奴隷、それも私と同じ囚われの身であるはずなのに、姿勢も、目も、まるで縛られていないようだった。
「名前は?」
「......アイン」
「そう。私はオリヴィア。これから、よろしくね」
笑みはあったが、それは社交辞令のものではなかった。まるで、本当に私を仲間と認めるかのような、温かさを帯びていた。
その瞬間、私は初めて、この地獄の中で「味方かもしれない」と思える人間を見た。
オリヴィアの護衛としての生活は、想像していた以上に息苦しいものだった。昼は彼女のそばに立ち、夜は彼女の部屋の外で眠る。
その間に私が目にしたのは10歳そこそこの少女に、獣のような視線を向ける蛮族たちの醜悪な笑みだった。
大柄な豚の様な蛮族が、酔ったふりをして距離を詰める。
醜悪な顔の蛮族が、物の受け渡しを装って指先を触れさせる。
笑っていられるわけがない。だが、奴隷の私が逆らえば、私も彼女も酷い目に遭うのは目に見えていた。
そのたび、胸の奥で冷たい怒りが静かに溜まっていった。
力が足りない。
その現実は、剣を握ってから何度も突きつけられてきた。
そしてある日、私に専属の教官がつくことが決まった。
現れたのは、巨躯のトロールだった。灰緑色の肌、岩のような肌、均整の取れた筋骨、そして鋭い眼光。
彼は私を見るなり、低く笑った。
「お前が新しい教え子か。名前は?」
「......アイン」
「俺はデギム。今日から、お前を叩き直す」
最初の訓練の日、私はこれまで通り剣を構えた。だが、デギムは首を横に振る。
「その腕じゃ、剣はお前をころす道具にしかならん。こいつを持て」
差し出されたのは、重い両手斧だった。柄は長く、刃は厚く鈍重。最初は、その重みで肩が軋んだ。
「斧は力を逃さない。お前の体格と力の乗せ方なら、剣よりもころせる武器だ」
剣を手放すのは嫌だった。パーシエが使っていた武器であったし、それを振るう姿に憧れていた。私は剣士でいたかった。
けれど、デギムの目は真剣だった。
「生き残るために何を持つか。それを決めるのはプライドじゃない、現実だ」
その日から、私の動きは変わった。
最初こそ斧はただの重りでしかなく、何度も腕を攣らせた。だが、デギムは私を奴隷として扱わず、教え子として一から教えてくれた。
握り方、体重移動、敵との間合い。どれもこれも、剣よりも斧のほうが私に馴染んでいった。
驚くほど成長は早かった。
これまで剣で苦戦していた基本動作が、斧では自然と形になる。
「そうだ。その腰の捻りを忘れるな。刃の重みを信じろ」
デギムの低い声とともに、私の斧は訓練場の丸太を真っ二つにした。
訓練の合間にも、私はオリヴィアを守る仕事に就く。彼女に言い寄ろうとする蛮族を睨み、立ちはだかる。ほとんどの蛮族は、私がウィークリングであることに露骨な侮蔑を向けたが、それ以上近寄る者は少なかった。
理由は単純。斧を持った私の目が、本気でころす目になっていたからだ。
それでも、全てを防げるわけじゃない。
耳に入る下卑た笑い、舐めるような視線。
私はますます、蛮族という存在そのものを嫌悪するようになっていった。
そして、心のどこかで決意する。この世界から自由になる日まで、力を磨き続ける、と。
訓練場に立つデギムは、まるで巨岩のようだった。
私よりも二倍近い背丈、厚く盛り上がった筋肉、傷跡だらけの腕。
だが、その眼差しはただの力自慢の蛮族とは違っていた。冷静で、揺るぎない光を宿していた。
「アイン。武器を構えろ。今日は斧術の基礎からだ」
低く響く声に促され、私は両手斧を握り直す。
デギムは何も言わず、ゆっくりと自分の斧を構えた。
その瞬間、空気が変わる。
ただ立っているだけなのに、訓練場全体が圧迫されるような緊張に包まれた。
あれが、本物の戦士の構え。
「腕だけで振るな。腰と足を使え」
彼は動作をゆっくりと見せ、刃が空気を裂く音を響かせる。
私が真似をすると、すぐに柄を軽く叩かれた。
「足が死んでいる。力は地面から拾え。刃は腕じゃなく、全身で振り下ろすんだ」
言葉だけではない。デギムは自ら木の丸太を持ち上げ、軽々と振り下ろして一撃で両断した。その斬撃は、力任せではなく、正確無比な軌道と体重移動が生み出したものだった。
「力は刃に乗せて初めて武器になる。暴れるだけじゃ戦士じゃない」
訓練中、私は何度も投げ飛ばされた。斧を弾かれ、足を払われ、地面に叩きつけられるたび、息が詰まった。それでもデギムは私を見下すことなく、手を差し伸べて起こしてくれた。
「お前は弱い。だが弱いことは恥じゃない。恥なのは、弱いままでいることだ」
ある日、私は訓練中に苛立ち、無理に踏み込んでしまった。その瞬間、デギムの斧が寸前で止まり、刃先が私の喉元に触れた。
「戦士は怒りに溺れたら死ぬ。感情は捨てろ。だが誇りは捨てるな」
その言葉は、私の胸に深く突き刺さった。デギムは蛮族だが、私が知っている他の蛮族とは違った。酒と暴力に溺れず、弱き者を踏みにじらず、武を誇りとし、己を律していた。そんな彼の背中を、私は少しだけ尊敬するようになっていた。
そして訓練の終わり、彼は必ずこう言った。
「明日も生きるために斧を振れ。お前が守るべき者のために」
その言葉は、私がパーシエから教わったことと重なって聞こえた。
オリヴィアの部屋の前には、分厚い木扉があった。私はその前に立ち、柄の擦り切れた斧を握りしめる。護衛といっても、ある行為中に奴隷である私が許されるのは扉の外までだ。
その内側から、くぐもった笑い声が聞こえてくる。
「......クク、やっぱり噂通りだ。お前の肌は月光みてぇだ」
「近くで見せろよ、隠すな」
下卑た声、湿った息遣い、衣擦れの音。
私は耳を塞ぎたかったが、塞げなかった。扉の向こうには、守らなければならない少女がいる。
オリヴィアの声が聞こえた。笑っている。いや、笑わされている声だ。媚びるような柔らかさの奥に、恐怖と緊張が混じっているのが、私には分かった。
「下種が......」
小さく震える私のその言葉を、獣のような笑い声がかき消す。金属器が倒れる音、椅子が引きずられる音。低い呻き声と、押し殺した息の音が混じり合う。
私は拳を握りしめた。
入って止めたい。斧を振りかざして、この扉をぶち破って、あの汚らわしい手を全て切り落としたい。
だが、奴隷である私には許されない。扉を開ければ、私が処刑されるか、代わりになぶられるだけだ。
壁越しに聞こえる音は、拷問のようだった。蛮族の甘ったるい声、舐めるような笑い、そして抵抗する気配を押し潰す圧迫感。醜悪という言葉すら、生ぬるい。それは獣ですらなく、もっと低く、汚れきった何かだった。
私はただ、唇を噛み、血の味を感じながら立ち尽くした。自分の無力さが、骨の奥まで染み込んでいく。訓練で汗と土にまみれ、デギムから叩き込まれた戦士の誇りが今はただ、足元で踏み潰されていく気がした。
やがて、扉が開く。
中から出てきた蛮族の男が、私を見て薄く笑う。
「お前も試してみるか?」
その言葉に、私の中で何かが灼けるように熱くなった。だが、私は奴隷だ。何もできず、何も言えず、ただ通路の影に退いた。扉の奥で、オリヴィアが小さく息を吐いた気配がした。
私はその音を、胸の奥で刻みつけた。必ず、この屈辱を終わらせる日を作ると。
13歳の時。オリヴィアの護衛として、ある屋敷の門番を務めていた時、私の視界に、ひときわ異彩を放つ影が映った。
背筋は人一倍に真っすぐで、筋肉の盛り上がりは、目異様とも思えるほどだったが、同時にその立ち姿には威圧ではなく、なぜか理知的な落ち着きが漂っていた。長い剣を肩にかけ、鎧の切れ目から覗く腕の線は、鍛錬の賜物でありながら乱れはない。
「......君、こんなところで何をしている?」
低く、しかし柔らかく響く声。呼ばれ、自然と視線を上げる。そこに立っていたのは、スパルタクス。蛮族の奴隷でありながら、すでに剣闘士として名を轟かせる男だった。
「......私は......」
口ごもる。目の前の男は、単なる戦士の域を超えていた。動作のひとつひとつが無駄なく正確で、呼吸ひとつですら彼の体と剣を支配しているように見える。だが同時に、目は鋭くも優しくを帯びていた。
「怖がらせてしまったね。名は?」
彼は軽く頭を傾け、微笑む。
その微笑みには、人を威圧する力も、侮る目もない。ただ、強者としての確かな自信と、誰もがつい従いたくなるカリスマ性だけがある。
「......アイン......」
「アイン......なるほど。よく覚えたね、その名を」
その声には、不思議な暖かさがあった。戦士としての鋭利さと、紳士的な余裕が同居している。思わず足元を見つめ、武器を握る手が少しだけ緩む。
スパルタクスはゆっくりと片手で剣を振り上げ、軽く地面を叩いた。金属音は鋭く、しかし騒がしくはない。まるで空気を切ることで世界の秩序を示すかのようだ。
「君も戦えるのかい?」
その問いは、好奇心と尊敬が混ざったものだった。威圧ではない。戦士同士の、静かな確認。アインは肩を震わせながら頷く。
「ふむ......悪くない」
スパルタクスは微笑みを深める。青黒い瞳に光るのは、戦闘における冷静な分析力と、未来を見据える知性だった。だがまだ、その爪は隠されている。彼の胸の奥に潜む反逆の火は、今は静かに眠っている。
「いつか、立派な戦士になるのだろうね。その時は、僕も楽しみにしている」
言葉の端々に漂うのは、単なる励ましではない。戦士としての約束、そして同じ苦境を知る者としての共感。私は息を呑んだ。目の前に立つのは、単なる奴隷でも、ただの剣闘士でもない。未来の英雄、その片鱗を既に宿した男だったのだ。
スパルタクスは静かに歩みを進め、消えていった。その背中に、私は無意識のうちに拳を握りしめた。いつか、あの男のように、強くなりたい、と。
扉に背を向け、私は息を潜め、わずかな物音にも耳を澄ませていた。背後の部屋からかすかにオリヴィアの笑い声と、蛮族の男の下卑た声が漏れ聞こえる。私の手は、自然と握りこぶしを作る。
「......何か来るな」
影が動いた。刺客が3人、夜闇を裂くように忍び寄る。ミノタウロス由来の鋭敏な嗅覚が、刺客の匂いを感じた。実力差は、彼らのほうがわずかに上。だが私は純粋な戦士である。正面からの勝負なら、私に分があるはずだ。
闇夜から投擲されてきたナイフを斧の腹で弾く。
直後、闇から生えてきた刃を受け流し、斬り合いが始まった。刃が火花を散らす音、盾に弾かれる衝撃、鋼の匂い。ひたすらに防御し、隙を見て反撃を行う。3対1の戦いは熾烈を極める。刺客の刃は鋭く、罠のように私の動きを試す。だが、腕に宿る決意は、揺らがなかった。
「ここは通さん......」
刺客の1人を弾き飛ばし、次に迫る者の刃を受け止める。汗が額を伝い、呼吸が荒くなる。背後で笑い声を聞くたび、胸が締め付けられる。もしここで油断すれば、オリヴィアの身が危険になる。
しかし、戦いの最中、脳裏をよぎる。もし刺客を全てここで撃退しなければ、蛮族の男が殺されるかもしれない。そうすればオリヴィアはある意味解放されるかもしれない。その瞬間、私は立ち止まる。腕にかかる衝撃、吹き飛ばされる体、血の匂い。
何を考えているのだ。オリヴィアを守るために戦うのが自分の役目だ。この葛藤が、戦いをさらに鋭利にする。
一瞬の隙を突き、私は致命的な一撃を決めた。刺客の1人が地面に崩れ、残りの2人も撤退する。息を荒くしながら、扉の方へ振り返る。部屋の中でオリヴィアの声が聞こえてくる。安堵と共に、戦いの熱が冷めていく。
私の心には一抹の罪悪感と、揺るがぬ決意が残った。
「......これで、あなたを護れたのだろうか」
戦士としての誇りと、護衛としての責務が交錯する中で、私は静かに呼吸を整えた。外の夜風が、熱気を運び去っていく。
私が成人年齢の15歳になった時だ。15歳になった、とは言え厳密な誕生日なんて知ってる訳が無い。パーシエが拾ってくれた日が私にとっての誕生日だ。
その日も私は朝早く起きて、オリヴィアの護衛が始まるまでの間、デギムからの手ほどきを受ける。
そしてオリヴィアの数歩後ろを歩き、座れば背後で睨みを利かせ、客と部屋に入ればその外で警戒する。そんないつも通りを今日も過ごすと考えていた。
「......」
夜。後ろの部屋から聞こえるのは耳を塞ぎたくなるような、汚らわしい音の数々。斧の柄を強く握りながら、周囲の警戒を続ける。だからこそ、いち早く気がついた。
「あれは......」
奴隷が住む居住区が立ち上る火と煙。最初は些細な火事程度だったものが徐々に大きくなり、最早只の火事ではなく、大火と呼べるほどの規模となっていた。
あの炎は偶然じゃない。
奴隷達が蜂起したんだ。胸の奥で、何かが弾けた。
今しかない。次はない。
曲がり角から飛び出してきた屋敷の使い。その顔に一片のためらいもなく斧を振り下ろした。骨の割れる感触が腕に伝わり、温かい血が頬を打つ。立ち止まってる暇はない。
「オリヴィア......」
心の中で名を呼びながら、禁じられたあの扉の前に立つ。何度も入るなと言われてきた場所。一呼吸。渾身の力で斧を振り抜く。重厚な扉は悲鳴を上げ、木片を撒き散らしながら崩れ落ちた。
中は薄暗い。だが、視界の奥に、それはいた。13歳の小さな少女に跨り、唾を垂らしながら笑う、見たこともないほど醜悪な蛮族。脂と汗の臭いが鼻を焼き、胃の奥がひっくり返る。
「......どけ」
低く唸るように言った自分の声が、獣じみていた。蛮族が振り返る間もなく斧を横薙ぎにする。刃が肉と骨を裂く音が耳を満たし、赤い飛沫が壁に花を咲かせた。蛮族の体が崩れ落ち、醜い顔が床に転がる。
少女。オリヴィアが呆然とこちらを見ていた。震える手を、迷わず掴む。
「行くよ」
その細い手は氷のように冷たく、けれど確かに握り返してきた。
背後で火のはぜる音と、遠くで上がる怒号。
もう振り返らない。
私たちは、ただ前へ。地獄の外へ走った。
都市が燃えている。
赤い炎が夜空を押しのけ、黒煙が肺を焼く。火災の規模なんて考えるまでもない、どこを見ても火と死しかないのだから。
オリヴィアの手を強く握り、時には抱き上げ、瓦礫と炎を越えて走る。燃え落ちる梁が目の前に落ち、別の道へ飛び込むたび、待っていたように蛮族が現れる。斧を振り下ろす。骨が割れ、血が熱を帯びて飛ぶ。考える暇はない。ただ進む。直感がそう告げる。止まったら死ぬ。
そして路地を抜けた先に、奴隷居住区へ向かう巨影が立っていた。鉄塊のような鎧、隙間からはみ出た体毛、太い腕に握られた大剣。
オリヴィアが硬直する。その顔色が、炎よりも白くなる。
私はオリヴィアを背後に押しやり、前に立った。パーシエの時と同じだ。あの時護られたように、今は私が守る。
「来い......」
声が震えていたのは、恐怖じゃない。
この距離で見れば、分かる。あいつは私よりずっと強い。レベルがどうとか知らなくても、皮膚がひりつくほどの殺気が答えだ。
だが、退けない。
鉄の巨人が大剣を振りかぶる。風圧で頬の血が乾く。受けきれない。だから、斜めに踏み込み、腕を裂く。鎧の下から血が噴く。だが、それだけだ。返す一撃が胸をかすめ、肋骨が軋む音がした。息が詰まり、膝が折れそうになる。
立て。腕が痺れても、視界が滲んでも、立て。
奴の足音が地面を揺らす。全身を覆う鉄と筋肉の巨躯、振り上げる大剣は重量だけで空気を切り裂く。
『グガアアアア!!』
咆哮と共に振り下ろされた大剣を、私は寸前で横に避ける。肩をかすめた衝撃で全身が痺れた。
反撃。
小さな斬撃では鎧を弾かれるだけだ。だから隙を狙うしかない。腕を伸ばし、鎧の合わせ目へ刃を叩きつける。鋼鉄が鳴り、肉の感触が手に伝わる。骨までは届かない。奴の筋肉が刃を押し返す。
斬撃の連打に合わせ、奴の斧が振り下ろされる。私は躊躇なく飛び退き、地面に膝をつく寸前で体勢を戻す。鋼鉄と鋼鉄の打撃が耳をつんざく。血の匂いが鼻を刺す。私は歯を食いしばり、手首に全力を込めて斧を握り直す。
一歩、また一歩、奴が迫る。
小さな隙間を狙って斬る。肩、脇腹、腿。肉を裂き、骨をかすめ、命を奪う覚悟だけで振るう。相手の巨体が振動し、鎧の金属が軋む音が響く。
だが大剣を受け止めきれず、肩に激しい衝撃。骨が軋む感覚が走る。倒れそうになる体を必死で支え、振り上げた斧を肩口へ叩きつける。鋼と肉が擦れ、血が飛ぶ。奴の叫びが空気を裂く。
全身が痛みで震え、呼吸は乱れる。刃を握り直し、目の前の敵を見据える。奴を倒すまで、死ぬわけにはいかない。腕が痺れても、視界が滲んでも、立て。
何度目の打ち合いか、もう分からない。私の肩は砕け、足は引きずる。血が指の間から滴る。それでも、背中にオリヴィアの気配がある限り、倒れるわけにはいかない。
叫びと共に、渾身の一歩を踏み込む。ボルグヘビーアームの大剣が振り下ろされる瞬間、その懐に潜り込み、渾身の力で首筋へ斧を叩きつけた。金属の音と、肉の裂ける音が混ざり、巨体が後ろに崩れ落ちる。
血飛沫が私の顔を覆い、耳鳴りの中で息を吐いた。私の息は荒く、腕は震え、視界は揺れていた。立っているのがやっとだ。それでも背後を振り返り、オリヴィアの瞳を見た。
「......行くよ」
オリヴィアの瞳が震えていた。その手を再び握り、私は燃える都市の中を走り出した。
炎の都市を駆けるたび、私の体は悲鳴を上げた。両腕は斧を振るうたびに血と火傷で焼け、数え切れぬ刀傷が肌を裂く。矢は既に三本、胸と肩に突き刺さり、一本は腿を貫通したまま暴れる。痛みで体は折れそうになる。だが、オリヴィアを護ると言う意識だけが、精神を引き止める。
「立つんだ私......」
瓦礫に足を取られ、転倒しそうになるたび、私は痛みを押し殺し、手で地面を掴み、無理やり体を起こす。斧は炎の向こうから襲いかかる下級妖魔を薙ぎ払い、焼け焦げた木片と瓦礫を蹴散らす。血が目に入り、視界が赤く染まる。だがそれでも、オリヴィアを背に走り続ける。
両肩には深い切り傷、背中には矢が刺さり、片腕も深く斬られて力が入らない。何度も斧が手から滑り落ちそうになるが、そのたびに握り直す。片手でオリヴィアを守り、もう片方で斧を振るう。精神力だけで体を支え、歩くどころか走る。
街路を曲がるたび、空から矢が雨のように降り注ぐ。3歩先に飛ぶ炎に包まれた瓦礫、四方から現れる下級妖魔。数え切れないほどの傷、火傷、貫通した矢が、もはや身体を突き刺す重しとなる。しかし、私は怯まない。精神だけで立ち続け、斧を振り、矢を掴み、拳で打ち払う。
オリヴィアの小さな体を自分の背に押し付ける。恐怖で震える彼女を、必死に守るためならば、自らの血と肉を犠牲にすることなど惜しくない。心臓が破裂しそうに脈打ち、息は炎と煙に焼かれ、体中が悲鳴を上げる。だがそれでも前に進む。オリヴィアを安全な場所に導くために。
私はその身を限界まで振り絞る。血まみれ、矢が突き刺さったまま、斧で最後の下級妖魔を切り裂き、オリヴィアを抱えながら燃え広がる都市を突き進む。
痛みと絶望の中、ただひたすら、護るためだけに立ち、斬り、走る。
炎と煙に包まれた都市で、私の斧は無意識のうちに振られ続けた。両腕は限界を超え、血まみれで震える。矢は体を貫き、深い斬り傷が幾重にも重なり、呼吸は途切れ途切れ。意識は霧の中に沈みそうになる。だが、オリヴィアを護ると間、私の本能は止まらなかった。
斧を振るうたび、火の中から現れる蛮族は、その狂気じみた姿に足を止める。血と汗にまみれた姿、呻きながらも立ち続ける姿。それは正に、何かを護るためだけに暴れる手負いの獣そのものだった。誰もが、本能的に近寄ることを恐れる。
そのとき、炎と煙の向こうにひときわ威厳のある人物が姿を現す。鋼の鎧の中から滲む威光、鋭くも穏やかな眼差し、背筋を伸ばした立ち姿。スパルタクス。最強の剣闘士であり、反逆の旗頭。紳士的な物腰と戦士としての威厳を兼ね備えた彼は、静かに2人の方へ歩み寄るだけで、周囲の蛮族たちは戦意を削がれ、恐怖に凍りつく。
「アイン......か」
スパルタクスの声は、燃え盛る炎をも凛と静めるような重みを持っていた。私は意識の断片の中で、かすかにその声を感じ取り、斧を振るう手がわずかに止まる。しかし、すぐに本能が再び動かす。彼は、目の前の敵を斬り払い、オリヴィアを背後に護りながら最後の力を振り絞る。
数歩の距離を詰めたスパルタクスは、軽やかに斬り伏せ、周囲の蛮族を蹴散らす。彼の力は一瞬で戦場の秩序を変える力を持っていた。その姿に、私は本能的に安心を感じ、意識の隙間に希望が差し込む。
そして、スパルタクスの一団が私とオリヴィアの周囲を固め、炎と混乱の中から救った。私は力尽き、斧を握ったまま膝をつく。意識は薄れ、体中の痛みと疲労に沈むが、オリヴィアが無事であることを確認すると、胸の奥で安堵の温かさが広がる。
「君はよくやった。だから今は休め」
その言葉を最後に、私は重力に身を任せるように倒れ込み、スパルタクスに抱きかかえられる。オリヴィアは涙をこらえ、まだ震える手で私を支え、同時に救助の手に導かれる。燃え盛る都市の混乱の中、私達はようやく、命の危険から隔てられた。
スパルタクスの背後で、燃える街を背にした2人の姿は、誰の目にも、絶望の中で希望を護り抜いたものとして刻まれた。
スパルタクスの一団は、反乱開始から約1年で飛躍的に規模を拡大した。戦闘員だけでなく、非戦闘員や解放された奴隷も加わり、最盛期には5000人規模に達した。一団は山岳にある古い要塞を占拠し、外部からの攻撃に備えながらも、解放した奴隷たちで組織的な集落として機能させていた。食料や物資の調達、衛生や医療、戦士たちの訓練も整えられ、戦闘力と秩序の両立が進んでいた。
しかし、勢力の拡大は首都やその近辺に居る最上位蛮族たちの耳にも届いた。当初は当該地方の貴族などの私兵や少数の部隊で鎮圧が試みられたが、スパルタクス軍の規模と組織力は想像を超えており、騒乱は首都圏にも波及するに至ったのだ。蛮族のディアボロキャプテン率いる精鋭部隊が首都から派遣され熾烈な戦いの末、反乱軍に壊滅的な打撃を与える。要塞の戦いは激烈を極め、長期にわたる包囲と攻防の末、スパルタクスをはじめトップ層はほぼ壊滅した。残った者たちは散開し、残党狩りの追撃を受けながら山間や森へ逃げ延びるしかなかった。
アインも、反乱の初期から最後まで戦士として戦い続けた。斧を振り、戦場の最前線で仲間を護り、荒れ狂う蛮族の波に立ち向かった日々は、彼女の体と精神に深い疲弊を残した。仲間が次々と倒れ、要塞が陥落する現実の中で、アインは判断を迫られる。戦力としての限界、そして、この戦いの結末を悟った瞬間、彼はオリヴィアを連れ、戦場からの撤退を決意する。
2人は残党狩りの目をかいくぐり、炎に包まれた要塞と戦火の痕跡を後にして逃避行を始めた。道中、都市や集落の廃墟を目にし、かつての仲間や解放された奴隷たちの姿を想起しながら、アインはただ淡々と前に進んだ。オリヴィアは無言でその後に続き、二人の間に言葉はほとんど交わされなかった。生き延びることだけが、今の最優先であり、日々の一歩一歩が全てであった。
戦乱の痕跡を背に、アインは斧を肩に背負い、オリヴィアの手を握りながら、次の安全な場所を目指して歩き続けた。かつて戦士として全力を尽くした日々と、守るべき者を護り抜いた記憶だけを胸に、2人の逃避行は静かに始まった。
私の体は、要塞から追手と続く、連戦に次ぐ連戦の傷と疲労で限界の縁にあった。斧を振るう腕は重く、息は荒く、血と汗で視界は霞む。それでも、オリヴィアを逃がさなければならない。目の前で待ち構えるのは毛深い白い体毛を生やした、獰猛な顔の6体の蛮族。数の差は絶望的だ。数と力、どちらも勝ち目はない。しかし、この場で立ち止まるわけにはいかない。
「オリヴィア、行きなさい......」
声は震えていた。振り返ると、彼女はまだ私の後ろにいる。必死に手を伸ばし、振り切ろうとする私にしがみつく。目に涙が光っているのが見えた。胸が痛む。しかし、今私にできるのは、ただ斧を振るうことだけだ。
蛮族が一歩、二歩、踏み込む。私はオリヴィアを突き飛ばし、斧を振り上げ、鉄の刃を振るう。砕ける骨、裂ける肉の音が耳を打つ。だが次の瞬間には、もう別の蛮族が私の側面を襲う。矢のように鋭い拳が飛び、肩に突き刺さる衝撃が走る。悲鳴を上げたい衝動を押しころす。
倒しても倒しても、数は減らない。傷は深くなるばかりだ。斧に握る手が滑り、足がもつれる。何度もよろめき、膝をつきそうになる。けれど、目の前に立つ敵の影を見れば、体は無意識に動く。斧を振るう手に意識を集中させ、心は怒りと覚悟で満ちていく。
「私が......時間を稼ぐから......!」
荒い息を吐きながら、私はボルグの一体を思い切り薙ぎ払う。骨が砕ける感触が手に伝わる。次の瞬間、鋭い突きに肩を貫かれる。倒れるかと思った。けれど意識の底から、もう一度立ち上がる力が湧く。斧を握り、肉と骨を断ち切ることだけを考える。私は獣だ。守るための、手負いの獣だ。
1体、また1体と倒しても、残りの4体が迫る。血にまみれ、呼吸は荒く、視界は赤と黒に染まる。それでも、私は立ち続ける。オリヴィアを逃がすためなら、全てを捨てる覚悟だ。全身の痛みも、重みも、恐怖も、怒りと決意に変わる。
時間は僅かだ。斧を振り、敵を押し返しながら、私は心の中で繰り返す。
「オリヴィア......お願い、無事で......」
後ろにオリヴィアの気配はもう感じない。私はそれに少しばかり安堵する。
体はもう限界に近い。血まみれの傷口から力が抜け落ち、足は震え、指先は痺れる。それでも、私は斧を握り直す。倒れるわけにはいかない。私が倒れたら、彼女は逃げられない。だから、立ち続ける。獣のように、全てを振り絞って。
「ぜぇ......ぜぇ......」
息が苦しい。呼吸するたび、気管が針で刺されるように痛む。
肩の骨が砕けた左腕は力なく揺れ、右の額はぱっくりと切れとめどなく出血している。
「酷く......疲れた......」
他人事のように、虚ろな瞳で私は零す。
当初の白い体毛の6体の蛮族に加え、騒ぎを聞いて駆けつけてきた敵の増援。幸いにも下級妖魔のみで構成されていたそれらを、私は死に物狂いで斧を振るい倒した。
「護らないと......」
最早持ち上げることすら出来ない斧、そして足を引きずりながら私は歩き出す。
「オリ......ヴィア......」
そこで私の意識は途絶えた。
「......」
一体どれほど眠っていたのだろうか。周囲は既に夜の帳が下りていた。だが、そんなのは些細な変化に過ぎなかった。
私は洞穴で目覚めた。
「これは......」
全身の負傷が治療されていた。頭部や肩、腹部、腕、脚、全てに救命草またはヒーリングポーションを染み込ませた包帯が巻かれていた。完治と言う訳では無いが、武器を振るうには問題ない程度にまで治っていた。
近くにはボロボロになった衣服の代わりと新しい衣服が置かれ、武器も一切の刃毀れがない斧になっていた。
そして私の近くには一通の置手紙。
《置手紙》
アインへ
戦士として最後まで立っていた。
その姿実に見事であった。これは私から信念をもって立ち続け、刃を振るった戦士への餞別だ。
お前は戦士として戦い、戦士として倒れたのだから。
次に会う時があるならば、その時は教え子ではなく、1人の戦士として刃を交える。
それまで生き延びろ。
進むべき道を示そう。
堕落都市タイタン。追放者と敗者が集い、なお生き抜く者の都市であり、この地の全てが集まる場所だ。
そこには力・知恵・情報・欲望が渦巻いている。弱き者は食われ、強き者は試される。
お前が求めるものの手掛かりがあるかもしれない。
地図は置かぬ。
道を探し、歩み、辿り着け。
それもまた成すべき修練の一つだからだ。
立て、アイン。
お前はまだ折れてはならぬ。
デギム
「ありがとうございます......」
手紙を握りしめ、顔を俯かせる。しかしすぐに顔をあげ、手紙を懐にしまい旅支度を済ませる。
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本作は、「グループSNE」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『ソード・ワールド2.0/2.5』の二次創作物です。