アレンさんの日記 「この2年で起きたこと(自分語りなうえ小説並みの長文になるので畳みます)」

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アレン
アレン日記
2022/12/12 12:14[web全体で公開]
😶 この2年で起きたこと(自分語りなうえ小説並みの長文になるので畳みます)
(▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)およそ1年前、仕事を辞めた。それから1年、何もせずにグータラな生活を送っている。

これだけ見たら「なんだただのニートか」と思われる方が多いだろう。実際似たようなもんだ。

きっかけは2年前の春。早朝、職場で店の開店準備中不意に息が出来なくなった。いくら息を吸っても肺に入ってこず全身が痺れはじめ視界がぼやけ酷い耳鳴りがする。しまいには壁にもたれかかって動けなくなってしまった。
まともに働ける状態ではなかったので同僚に今の自分の状態を説明し事務所で休ませてもらったのち、早退した。
日ごろからの不摂生が祟ったのかと思い内科を受診するが何ら異常は無いとの診断を受ける。

しかしその後も同じような症状が出るようになった。



気づいたきっかけは2つある。

1つ目はある日、出社前、駅の改札の前で突然立ち止まりそれ以上前に進めなくなってしまった。
その状態のまま30分か1時間か、ずっと立ち尽くし、最終的に会社に体調不良を理由に休みたい旨を連絡しその日は休んだ。
帰り際、実家に自転車を取りに行ったとき(今の家より実家の方が駅に近いので自転車を置かせてもらっていた)たまたま窓から顔を出していた父と会った。

父 「どうした?」
私 「調子が悪いから仕事休む」
父 「そうか、気をつけろよ」

うろ覚えだがこんな会話をしたように思う。



帰り道、私は号泣しながら自転車をこいでいた。

何故泣いたのかは今もわからない。情けない姿を父に見られたからなのか、それとも久々に父の姿を見た安心感からか……


2つ目はある夜、寝ていた時に夢を見た。
そこは何もない空間で、ただあかるくあたたかい光に満ちていた。
ふと振り返ると、祖母が立っていた。15年以上も前に亡くなった、大好きだった祖母だ。
その姿は生前の、大好きだった祖母そのままで微笑みながら立っていた。
私は「ばぁちゃん!ばぁちゃん!」と泣きながら何度も呼びかけた。

次の瞬間、私は布団の中に居た。
そして目に手をやるまでもなく自分が大量の涙を流していることに気づいた。
ここで、自分の精神状態があまりよくないことに気づく。だがこの時点ではまだ、かなりまいっているな、程度の認識だった。


同じ夜にさらに2度号泣する夢を見、2度とも実際に泣いていたことを確認するまでは。

ここでようやく、今自分はかなり危険な状態なのではないか、と疑う、というより確信し、その日職場に休みの連絡を入れすぐ近場の心療内科を探し予約を取り受診した。

最初の診断結果は適応障害。相当な疲れとストレスが溜まっていると言われた。

それから薬を処方してもらいながらなんとか仕事を続けていたが、去年の11月、ついに限界を迎え、仕事ができなくなり、仕事を辞めた。

次の仕事を探すまで時間を空けて、その間いっぱい遊ぼうと決めた。
辞めた3か月後にはかの有名な『エルデンリング』も発売されもちろん遊んだ。



なのに一向に疲れが取れない。
いくら遊んでも楽しくない。
遂には今まで好きだったもの、趣味だったもの一切に興味がなくなってきてしまった。

心療内科の先生に上記の事を話した末出された診断は、


鬱病


驚きはなかった。自分を客観視しているもう一人の自分がすでに、仕事を辞めるはるか前にそうだろうと結論付けていたからだ。
だが自分でそう思っているのと実際に言われるのとでは、やはり重みが違った。

それから自立支援の申請をし、投薬治療の毎日だった。
幸い家族がこの手の事に理解があり、最低限の生活はできた。

だがなかなか合う薬が見つからない。
症状は少しづつ悪化していく。
今年の夏には重症化し、文字通り何もできない状態になってしまった。
ここでは書けないようなことを常に頭の中に思い浮かべる。
しかしそれを実行しようとする気力すらない。
家族と医者以外の人との関係もすべて切れてしまった。
ただ生きているだけでしかない。いや、生かされているだけでしかなかった。



そんな中唯一のつながり、生きるための拠り所となっていたのが、ここ

正確には、3年前から始めていたS.W2.5のサプリメント、『ヴァイスシティ』のキャンペーン。そして一緒にプレイしていたGMとパーティの仲間たちだった。

仲間たちには本当に申し訳ないのだが、正直セッションが始まる前は若干憂鬱な気分だった。
実際気分がのらず体調不良を理由に開催日を延期してもらったこともあった。

それでも、いざセッションが始まるとそれまでの不安感や節操感が嘘のように消え、ただただ楽しい時間を満喫できた。
およそ月に2~3回、1回2~3時間程度の短いセッションだったが、それは間違いなく自分の生きる目的であり救われていた。

それが今年の夏、8月中には終わるだろうと分かったときは、正直何も考えられなくなった。
夏に症状が重症化したのもそれが一因であったのだろうと今考えて思う。
そして最終回の1つ前のセッション終わりにGMから提案があった。


「このキャンペーンが終わったらこのメンバーでグリフォンロードやりません?」


私はこの言葉に命を救われた

過大表現ではない。間違いなく。



それから、運よく体に合った薬も見つかり、体調も気力も少しづつだが戻り始めている。
TRPGやりたい欲も復活してきた。
最近私がいろんな方の日記によく出没しているのもそのため(もし私のコメントで不快になった方がいたらごめんなさい)。

鬱病との戦いには根気と時間がかかるとよく聞く。
完治には相応の時間がかかるだろう。もしかしたら一生付き合うことになるかもしれない。
それでも自分を支えてくれるものがあればなんとかなる、仕事なんていつでも見つかるさ。

今はそう思っている。



尻切れトンボのようで恐縮ですが、自分が書きたかったことは以上です。超長文、駄文を読んでくださった方、本当にありがとうございます。

そして最後に、3年間一緒に遊んだ、そして今も一緒に遊んでいるメンバーのみんなへ、最大級の感謝を。


さて、この日記を書き終えたらオリシのエネミーデータの調整をしなければ。
まだまだやることは沢山あるのだから。
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